河村治雄(かわむら はるお)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 23:49 UTC 版)
「悪魔が来りて笛を吹く」の記事における「河村治雄(かわむら はるお)」の解説
1924年(大正13年)6月に誕生。戸籍上は辰五郎とその妻・はるの実子となっているが、実は椿秌子とその兄・新宮利彦との近親相姦によって生まれた子である。高等小学校卒業後、実の親ではないうえ妾をどんどん替える辰五郎の元には居づらく、家を出て神戸の商家に奉公しながら夜学に通い、19歳の頃ドイツ系の商社に就職してタイプライターを習得した。堀井母娘を度々訪問し親交を深めており、実の父を知らないという境遇が似ていたことから、当時は血縁がないと認識していた戸籍上の姪・小夜子と惹かれ合い、夫婦の契りを結ぶ。1944年(昭和19年)6月に出征し、1946年(昭和21年)5月に復員した後、八方手をつくして小夜子の消息を探した結果、同年夏ごろにおたまを探し当てて小夜子の自殺を聞かされ、淡路にある妙海尼(おこま)の庵の住所を聞き出して訪ねる。そして、小夜子の自殺理由を激しく問い質し、自身の呪われた出自と小夜子が異母妹であった事実を知り、小夜子と自分とのための復讐を誓う。利彦と同様の左肩の痣を証拠に椿英輔に名乗り出て、「三島東太郎」と命名され椿家の書生になった。
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