江の島虚偽通報事件
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江の島虚偽通報事件(えのしまきょぎつうほうじけん)とは、2002年(平成14年)に神奈川県で発生した虚偽通報事件である。 虚偽内容が「工作員とみられる不審者が潜水艦で夜間海岸に上陸した」というものであり、“有事”を想定して武力行使までも検討する騒動になったため物議をかもした。
通報
2002年1月6日、海上保安庁第三管区海上保安本部に神奈川県伊勢原市在住の男性(当時41歳)から「今日19時ちょっと前、江の島の南側で妻と2人で天体観測をしようと、坂道を下がっていたところ、正面の海面に筒のような物が浮き上がってきてふたが開き、中からアクアラングの格好をした5~6人の男が出てきた。その者たちは、がけをよじ登ってその場を去って行った。この者たちは、日本語ではない言葉を交わしていた」[1]と通報があった[2]。
半月前には奄美沖の東シナ海で朝鮮民主主義人民共和国の工作船と海上保安庁が銃撃戦の末に自沈する事件(九州南西海域工作船事件)があったため、海上保安庁と神奈川県警は非常態勢に入った[3]。
騒動
男性の通報では不審者はアジア系とみられるうえに、知らない言葉で会話していたとしていたため、たまたま1月6日の夕方からエンジントラブルを理由に停泊していた北朝鮮船籍の貨物船を午後11時40分ごろ城ヶ島灯台の沖合いに発見し、立ち入り検査を求めたが拒否された[4]。
そのため、海上保安庁の巡視艇が包囲したうえで伴走し、翌日午前10時30分頃に千葉港(葛南中央地区)へ入港したところを立ち入り検査した[2]。また、海上保安庁は「江の島不審者対策室」を設置し、特殊警備隊も出動し有事に備える体制をとった[5]。
しかし、北朝鮮の貨物船からは潜水艦と接続できる工作船である証拠は見つからず、上陸地点とされた江の島の南側海岸には上陸した痕跡を発見できなかった[2][4]。
虚偽発覚
そもそも男性が目撃したという時間には付近は灯火もなく月も暗かったため、冬の闇の海面から人が上陸するのが確認できたのかが疑問であった。そのため男性を再度聴取したところ、でたらめを通報したと認めたため虚偽と判明した[4]。その時に主張した理由は「夫婦げんかの鬱憤晴らしのため」であった[4]。
その後、男性の妻は数日前から外泊しているうえ、当日江の島にさえ行っていなかったことも判明し、最初の通報から虚偽を認める供述まで全てが虚構であったことが判明した[6]。なお、動機について男性は、架空戦記好きが高じたために収縮がつかなくなったと述べた[2]。ただし、過去の拉致工作では日本海側もしくは南九州などの人家の少ない海岸が舞台になったとみられており、北朝鮮の使用する特殊潜航艇が東京近辺に現れる可能性は冷静に検討すれば高くないと、朝日新聞社記者の田岡俊次は指摘している[7]。
その後
虚偽通報の発覚を受けて神奈川県警は男性を軽犯罪法違反(虚偽申告)で書類送検した[2]。また、北朝鮮の貨物船を疑うなど国際問題になりかねなかった事に加え、巡視船艇17隻、航空機4機を繰り出した海上保安庁の出動に要した人件費や燃料代などの膨大な経費が問題になった[5][8][9]。
2002年1月10日、衆議院国土交通委員会で扇千景国土交通大臣は「少なくともこの刑事責任の追及については考える必要があるが、これでは私はおさまらないという怒りを持っておりますので、今後こういうことのないようにという意味でも損害賠償を請求できないのかと今検討している」と答弁した[10][6]。
このため、第三管区海上保安本部が試算した800万円の経費の賠償請求を男性に行ったが、男性が130万円を支払うことで示談が成立した[5][11][12]。
2002年5月7日、神奈川県警外事課と藤沢署は虚偽の通報をした男性を偽計業務妨害容疑で逮捕した[13][14]。逮捕理由について神奈川県警は「悪質で社会的影響も大きかったため」とした[13]。
2002年5月17日、横浜地検は男性を偽計業務妨害罪で起訴した[15]。
刑事裁判
2002年7月9日、横浜地裁(松野勉裁判官)で初公判が開かれ、罪状認否で「間違いありません」と起訴事実を認めた[16][17]。 冒頭陳述で検察側は、仕事が長続きせず、妻が入院中だったことの不満を晴らすために虚偽通報を行ったと指摘[16]。また、自衛隊の勤務経験から、不審者の行動などを詳細に述べて通報することができたと主張した[16]。一方、弁護側は、本事件で発生した第三管区海上保安本部の費用約283万円を支払う意向を示し、反省していると主張した[16]。
2002年8月6日、論告求刑公判が開かれ、検察側は「国民の不安感に乗じた悪質かつ重大な犯行」として懲役2年を求刑した[18][19]。弁護側は「被害弁済は済んでおり、本人も深く反省している」として執行猶予付きの判決を求めて結審した[18]。
2002年9月5日、横浜地裁(松野勉裁判官)で判決公判が開かれ「事件に乗じてさらなる不安を与えたもので、影響は極めて大きい」としながら「関係諸機関が徒労の業務を行ったことによる費用相当損害額だけは弁償している」として懲役2年、執行猶予5年の有罪判決を言い渡した[1][20][21]。
脚注
- ^ a b 判例タイムズ1140号280頁
- ^ a b c d e 『毎日新聞』2002年1月8日 東京朝刊 社会面27頁「江の島の「不審者浮上」目撃情報、通報者がウソ認める--戦争小説を参考に創作した」(毎日新聞東京本社)
- ^ 『毎日新聞』2001年12月23日 東京朝刊 1面1頁「不審船を射撃、沈没 海保2人が発砲され重傷--東シナ海、北朝鮮籍の可能性」(毎日新聞東京本社)
- ^ a b c d 『読売新聞』2002年1月8日 全国版 東京朝刊 社会39頁「「江の島に不審者」とんだウソ通報 神奈川の41歳男性の作り話」(読売新聞東京本社)
- ^ a b c 「「子供が遭難」海保にイタズラ電話 虚偽通報なら巨額賠償必至」『東京スポーツ』2014年7月25日。オリジナルの2025年1月23日時点におけるアーカイブ。2021年10月29日閲覧。
- ^ a b 『毎日新聞』2002年1月10日 東京夕刊 社会面11頁「神奈川・江の島の不審者虚偽通報 夫婦げんか、ウソの上塗り--損害賠償も検討」(毎日新聞東京本社)
- ^ 『朝日新聞』2002年1月14日 朝刊 オピニオン1 13頁「「江の島事件」教訓は何か 田岡俊次(記者は考える)」(朝日新聞東京本社)
- ^ 『朝日新聞』2002年1月8日 夕刊 2社会14頁「外国にも迷惑、扇国交相「許せない」神奈川の不審者上陸つくり話」(朝日新聞東京本社)
- ^ 『朝日新聞』2002年1月20日 朝刊 3総合3頁「「挑発行為」と日本を批判 北朝鮮側、貨物船の立ち入り検査巡り」(朝日新聞東京本社)
- ^ 第153回臨時会 衆議院 国土交通委員会 - 5号(平成14年01月10日)
- ^ 『毎日新聞』2002年1月17日 東京朝刊 社会面31頁「神奈川・江の島の不審者虚偽通報 海保の損害800万円--3管本部試算」(毎日新聞東京本社)
- ^ 『読売新聞』2002年8月2日 全国版 東京夕刊 夕2社18頁「ウソの代償130万円 不審船"目撃"男性、海保と示談」(読売新聞東京本社)
- ^ a b 『朝日新聞』2002年5月7日 夕刊 2社会18頁「江の島虚偽通報の男逮捕 偽計業務妨害容疑で神奈川県警」(朝日新聞東京本社)
- ^ 『毎日新聞』2002年5月07日 東京夕刊 社会面10頁「不審者上陸騒ぎで通報の男、業務妨害の疑いで逮捕--神奈川県警」(毎日新聞東京本社)
- ^ 『朝日新聞』2002年5月18日 朝刊 神奈川1 35頁「「江の島に不審者」うそ通報の男性を起訴 業務妨害罪 /神奈川」(朝日新聞東京本社)
- ^ a b c d 『読売新聞』2002年7月10日 神奈川 東京朝刊 横浜34頁「「不審男上陸」初公判でウソ通報を認める 三管"迷惑料"は283万円=神奈川」(読売新聞東京本社)
- ^ 『朝日新聞』2002年7月10日 朝刊 神奈川1 27頁「虚偽通報の事実、初公判で認める「江の島に不審者上陸」/神奈川」(朝日新聞東京本社)
- ^ a b 『読売新聞』2002年8月7日 神奈川 東京朝刊 横浜32頁「江の島うそ通報 被告に懲役2年を求刑=神奈川」(読売新聞東京本社)
- ^ 『朝日新聞』2002年8月7日 朝刊 神奈川1 27頁「「江の島に不審者上陸」うそ通報被告に懲役2年を求刑 /神奈川」(朝日新聞東京本社)
- ^ 『読売新聞』2002年9月6日 全国版 東京朝刊 2社34頁「「不審な男上陸」虚偽通報事件 被告に有罪判決/横浜地裁」(読売新聞東京本社)
- ^ 『毎日新聞』2002年9月6日 東京朝刊 社会面28頁「「江の島に不審者上陸」虚偽通報の被告、有罪--横浜地裁判決」(毎日新聞東京本社)
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