横利根水門の建設
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/10/30 16:17 UTC 版)
1947年(昭和22年)、カスリーン台風が日本を襲った。この台風によって利根川は堤防が決壊し、洪水によって大きな被害が発生した。この洪水は大正・昭和期を通じて当時最大の洪水であり、利根川の治水計画も再検討を迫られた。国は1949年(昭和24年)に利根川の改修改定計画を策定し、これによって計画水位が変更された。その後この計画は数度の見直しを経て、改修工事が進められた。 この動きの中、横利根川は、横利根閘門が老朽化していること、利根川の計画高水位が上昇したことにより、新たに水門が造られることに決まった。水門建設工事は1968年(昭和43年)10月に着工し、1971年(昭和46年)8月、横利根閘門の利根川側に新しく横利根水門が完成した。 横利根水門完成後、利根川の洪水時における逆流防止の機能はこの水門が担うことになり、横利根閘門の役割は船の通航の際の水位調整のみとなった。
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