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柳沢義男

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/10/08 05:04 UTC 版)

柳沢 義男(柳澤、やなぎさわ よしお、1907年明治40年)8月1日[1]1990年平成2年)12月2日[1])は、昭和期の法学者弁護士計理士実業家政治家衆議院議員法学博士[2][3]

経歴

千葉県[2]流山市[注 1]出身[1]出身。専修大学経済学部卒を経て[1]、1931年(昭和6年)中央大学法学部を卒業し[3]、さらに同大学院を修了[1][2]。1938年(昭和13年)パリ大学を卒業した[1]

その後、弁護士、計理士の業務に従事[1][2]。中央大学教授、同名誉教授、同評議員、千葉県地方労働委員、松戸商工会議所会頭、司法会計研究所長、日本厚生事業協会理事長、京葉興業社長、三和自動車社長などを務めた[1][2][3]

1946年(昭和21年)4月の第22回衆議院議員総選挙で千葉県全県区に無所属で出馬して落選[4]。1947年(昭和22年)4月の第23回総選挙千葉県第1区日本自由党所属で出馬して次点で落選[5]。1949年(昭和24年)1月、第24回総選挙民主自由党公認で出馬して当選し[6]、衆議院議員に1期在任した[1][2]。この間、自由党党務局人事部長、同政調会法務副部長などを務めた[2][3]。その後、第27回総選挙まで連続3回立候補したがいずれも落選した[7]

息子・正毅も日本住宅公団職員から千葉県議会議員1期を経て1971年千葉県知事選に出馬したが落選に終わった[8]

著作

  • 『日本国憲法逐条講義』福地書店、1947年。
  • 『日本国憲法講義』中大出版社、1953年。
  • 『憲法原論』上巻、中巻、塙書房、1955年。
  • 『法学』青林書院新社、1974年。
  • 『憲法』青林書院新社、1974年。
  • 『実定法の体系と原理』八千代出版、1977年。

脚註

注釈

  1. ^ 『光芒の人 千葉県人物事典2』271頁では松戸市出身。

出典

  1. ^ a b c d e f g h i 『現代物故者事典 1988~1990』653頁。
  2. ^ a b c d e f g 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』671頁。
  3. ^ a b c d 『光芒の人 千葉県人物事典2』271頁。
  4. ^ 『衆議院議員総選挙一覧 第22回』475頁。
  5. ^ 『衆議院議員総選挙一覧 第23回』157頁。
  6. ^ 『国政選挙総覧 1947-2016』99頁。
  7. ^ 『国政選挙総覧 1947-2016』99-100頁。
  8. ^ 『千葉県議会史 第8巻』161頁。

参考文献

  • 衆議院事務局編『衆議院議員総選挙一覧 第22回』衆議院事務局、1950年。
  • 衆議院事務局編『衆議院議員総選挙一覧 第23回』衆議院事務局、1948年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 石井暉二『光芒の人 千葉県人物事典2(政治編-国会議員)』ぎょうせい、1990年。
  • 『現代物故者事典 1988~1990』日外アソシエーツ株式会社、1993年。
  • 『国政選挙総覧 1947-2016』日外アソシエーツ、2017年。



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