松平忠和 (桑名藩主)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 松平忠和 (桑名藩主)の意味・解説 

松平忠和 (桑名藩主)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/12/10 07:03 UTC 版)

 
松平 忠和
時代 江戸時代中期 - 後期
生誕 宝暦9年8月27日1759年10月17日
死没 享和2年5月10日1802年6月9日
改名 唯之進(幼名)、頼徳(初名)、忠和
別名 無擬居士、鳳翔閣主人、梅花堂主人、澹寧斎(号)
戒名 遊心院殿無擬了空大居士
墓所 東京都台東区谷中天眼寺
官位 従五位下下総守従四位下
幕府 江戸幕府
主君 徳川家斉
伊勢桑名藩
氏族 紀伊徳川家奥平松平家
父母 徳川宗将、植田氏娘・サヨ
松平忠功
兄弟 直松、徳川重倫、千間姫、琴姫、門之進、致姫、内藤学文、頼興、頼謙、逸姫、
忠功、従姫、三浦為脩忠和安藤道紀阿部正由
養兄弟:久仁姫雲性院美須子
伴氏、安田氏
忠翼国姫
テンプレートを表示

松平 忠和(まつだいら ただとも)は、江戸時代中期から後期にかけての大名伊勢国桑名藩5代藩主。官位従四位下下総守奥平松平家7代当主。文化人として優れており、著書に『空華集』『遊心公遺文』『澹寧斎詩稿』『恵礼幾天留記』などがある。

生涯

宝暦9年(1759年)8月27日、和歌山藩7代藩主・徳川宗将の九男として江戸赤坂の紀州藩邸にて誕生した。幼少時から部屋住みの身分であったが、この時期に松平定信と交遊しており、定信は忠和の力量を見抜き、後に自著で「英雄なり。学問も広く給ひ、天文暦学は殊に勝れてぞ聞ゆれ」と記している。

蘭学者前野良沢桂川甫周[1]の弟子として西洋の薬「テリアカ」のオランダ語の文献の翻訳や「火浣布(石綿)」のオランダ語の文献の翻訳に取り組んだ。

森島中良『紅毛雑話』には、鳳翔公子こと後の松平忠和が竹筒と徳利でエレキテルを製作し、森島中良の実兄・桂川甫周に自慢したという記録がある。

異母兄である桑名藩主・松平忠功に実子がなかったため、寛政5年(1793年)9月2日に養子となり、11月28日に忠功が病気を理由に隠居したため家督を継いだ。藩政では定信の寛政の改革に倣って、寛政7年(1795年)11月に家臣の半知借上を行い藩財政再建を目指し、中沢道二らを招聘して学問を奨励している。御庭番の報告書「道中筋風文書」では、寛政8年(1796年)中島道二門弟の久世祐甫を美濃・大垣から呼び寄せ、桑名宿の本陣を借り切って、町方の人々に講釈を聞かせたことが記録に残っており、その招聘や講釈の付帯費用については領主が負担するとしたので、町方も難渋せずに受け入れ、毎日300人〜500人ほどの町人が久世の講釈を聞きに訪れ、「右に付き町方の男女自ら行儀も相直り候由」という[2]

寛政12年(1800年)には藩法を制定して綱紀の粛正を図った。

享和2年(1802年)5月10日、死去。享年44(満42歳没)。実子は早世していたため、跡を養子の忠翼が継いだ。

系譜

父母

側室

  • 伴氏
  • 安田氏

子女

  • 男子 ー 夭折

養子、養女

脚注

  1. ^ 「蘭学者相撲見立番付」大槻玄沢の塾芝蘭堂のオランダ正月で配布された。行事の蘭に桑名候の字が見える。”. 早稲田大学古典籍総合データベース. 2022年6月24日閲覧。
  2. ^ Fukai, Masaumi (1992). Edojō oniwaban: Tokugawa Shōgun no mimi to me (Shohan ed.). Tōkyō: Chūō Kōronsha. ISBN 978-4-12-101073-5 

参考文献

  • 紅毛雑話[1]−国立国会図書館デジタルコレクション−
  • 和蘭的里亜加訳稿[2] 7ページから鳳翔公子翻訳の部分
  1. ^ 紅毛雑話 5巻. [2 - 国立国会図書館デジタルコレクション]”. dl.ndl.go.jp. 2022年6月24日閲覧。
  2. ^ 新日本古典籍総合データベース”. kotenseki.nijl.ac.jp. 2022年6月24日閲覧。



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「松平忠和 (桑名藩主)」の関連用語

松平忠和 (桑名藩主)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



松平忠和 (桑名藩主)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの松平忠和 (桑名藩主) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS