東武時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/12 01:14 UTC 版)
「東武100形電車 (軌道)」の記事における「東武時代」の解説
定員96名と1両で在来の電動車+付随車1編成以上の輸送力を持つ本形式と、1編成で定員150名と格段に大きな輸送力を備える200形連接車(1954年製)の投入により、在来車は文字通り一掃された。 以後、本形式は200形と共に通勤・通学、そして観光輸送の足として日光軌道線全廃まで何ら改造されることもないまま約15年に渡って運用された。 1968年2月の日光軌道線全線廃線により不要となった本形式は、10両全車が廃車、除籍された。
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