本種の分布確認の歴史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/22 15:37 UTC 版)
「オオツルハマダラカ」の記事における「本種の分布確認の歴史」の解説
1936年(昭和11年)、Baisasらはフィリピンから新種記載を行った。 1942年(昭和17年)~1958年(昭和33年)頃、華南などで、生息が確認された。 1947年(昭和22年)、大鶴正満は、福岡県に生息していることを確認した。 1947年(昭和22年)~1958年(昭和33年)頃まで、大鶴正満らは、九州などで生息状況を調査した。その結果、年々、かなりの急勾配で分布地域や生息数が減少していることがわかった。大鶴正満らは、その一因は、池沼地帯が排水や埋立工事などで次第に減少したからであると主張した。 1958年(昭和33年)頃、彦根では、生息が確認されなかった。 1958年(昭和33年)頃、淀で、生息が確認された。 1968年(昭和43年)、上村清が北海道で採集されたハマダラカの多くがオオツルハマダラカであったことを報告。 1977年(昭和52年)、 小熊譲と神田錬蔵 が、道東(北海道東部)で、エンガルハマダラカよりは少ないものの生息を確認したことを報告。
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