本多天城とは?

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本多天城

読み方ほんだ てんじょう

日本画家東京生。名は祐輔。東美日本画選科卒。初め近藤勝美に洋画学び、のち狩野芳崖師事岡倉秋水岡不崩とともに、芳崖門の四天王と称された。東美助教授として後進指導にあたった。また狩野忠信荒木探令、岡倉秋水らと狩野会を結成し、研究会をおこなった。昭和21年(1946)歿、79才。

本多天城

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/04/24 05:15 UTC 版)

本多 天城(ほんだ てんじょう、慶応3年(1867年7月29日昭和21年(1946年))は明治時代から昭和時代にかけての日本画家




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