最初の任務
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/17 07:20 UTC 版)
「ブリタニック (客船・2代)」の記事における「最初の任務」の解説
1915年12月12日、リヴァプールにて業務に適していると宣されたとき、ブリタニックには看護師101人、下士官336人、士官52人、そして乗組員672人からなる医療チームが割り当てられた。12月23日、ブリタニックはリヴァプールを離れ、エーゲ海のリムノス島に位置するムドロス港に寄港し、病気やけがを負っていた兵士を降ろした。 ブリタニックは同じルートでモーリタニア号、アキタニア号及び姉妹船オリンピックと合流した。少し遅れて5隻目のスタテンダムが加わった。ブリタニックはムドロスに行く前にナポリに立ち寄り、石炭を補充している。帰国したブリタニックは4週間、ワイト島沖の水上病院として運用された。 3度目の航海は1916年3月20日から4月4日までであった。ダーダネルス海峡は1月に疎開されていた。兵役の明ける1916年6月6日、ブリタニックはベルファストのドックに帰ると、大西洋横断航路の客船にふさわしい改造が始まった。ホワイト・スター・ライン社は改造費の補助金として、イギリス政府から7万5000ポンドを受領している。改造は数ヶ月にわたって行われながら、徴用船として呼び戻しを受け、中断された。
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