日本の儒学者に対する評価とは? わかりやすく解説

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日本の儒学者に対する評価

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/30 17:45 UTC 版)

丁若鏞」の記事における「日本の儒学者に対する評価」の解説

伊藤仁斎荻生徂徠太宰春台のような儒学者日本輩出していることについて、丁若鏞はかなり好意的にみている。倭寇や倭乱などで李氏朝鮮にとって大きな脅威であった日本であるが、伊藤仁斎荻生徂徠太宰春台経説をみる限り議論には不十分なところがあるが文は備わっており、夷狄制御しがたいのは文がないからで、日本に文が存在する以上、今後以前のような脅威にはならないであろうという。日本中国江南から直接良書購入し、しかも、李氏朝鮮存在する科挙弊害がないこともあって、文学李氏朝鮮はるかにしのいでいるとまで述べている。 日本今無憂也,余讀其所古學先生伊藤氏爲文,及荻先生太宰純所論經義,皆燦然以文,由是知日本今無憂也,雖其議論間有迂曲,其文勝則已甚矣,夫夷狄之所以難禦者,以無文也。古学派伊藤荻生太宰等が論じている経典解釈読んでみると、文が燦然として輝いているので、これにより日本について憂うること(朝鮮攻め入ること)はない。ただしその議論曲がりくねってくだくだしいが、その文が優れていることは優れている夷狄制御しがたいが、それは文がないためだ。 — 増補與猶堂全書詩文集巻十二 大抵,日本本因百濟得見書籍,始甚蒙昧,一自直通江浙之後,中國佳書,無不購去,且無科擧之累,今其文學遠超吾邦,愧甚耳。だいたい日本は、百済より書物得て見ている。初め甚だ蒙昧だった。江戸時代になると中国江蘇浙江直接取引をするようになって中国のよい本で買わないものがないほどだ。しかも科挙という制度がないので、いまその文学わが国超越しており、甚だ恥ずかしいほどだ。 — 増補與猶堂全書詩文集巻二十

※この「日本の儒学者に対する評価」の解説は、「丁若鏞」の解説の一部です。
「日本の儒学者に対する評価」を含む「丁若鏞」の記事については、「丁若鏞」の概要を参照ください。

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