支援火器
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/18 14:37 UTC 版)
特攻隊では個人装備の小火器などで武装した部隊とは異なる支援部隊が存在していた。支援部隊には敵陣へ向けて疾走できる脚力を持つ若者が集められ、その兵器としては手榴弾に加えて“軽量機関銃”が必要とされた。ドイツにおいては、1915年から塹壕戦の需要に応え得る“軽量機関銃”の開発が進められていた。 当初は自動拳銃をフルオートで射撃できるよう改造したマシン・ピストルや、62kgもあったMG08重機関銃を18kgまで軽量化して3名で携帯可能としたMG08/15などが検討されたが、いずれも能力・重量において不適格と判断され、1917年になっても“軽量機関銃”プランは実現していなかった。 攻勢を前にして、“軽量機関銃”を実用化する必要に迫られたドイツ軍は、MG08を空冷化して15kgまで軽量化を進めたMG08/18を製造するとともに、簡易な構造で拳銃弾をフルオート射撃できる短機関銃を考案した。 全く新しいジャンルの兵器であり、当時は現物が存在していなかった短機関銃だったが、MG08/18で後方から敵陣に牽制射撃を加えながら突撃歩兵が敵陣まで疾走して肉薄すれば、短い射程の拳銃弾でも充分な制圧火力が発揮でき、手榴弾の投擲と合わせれば確実に敵の機関銃を制圧できる事が想定された。なにより単純な構造であれば、攻勢に間に合うだけの短期間で製造できる事が期待された 機関銃部隊には主に軽機関銃08/15が配備され、鹵獲兵器であるルイス軽機関銃なども使用された。迫撃砲部隊では火炎放射器(Flammenwerfer)が主力に用いられていた。また、敵の機関銃陣地突破のため7.62cm歩兵砲(ドイツ語版)が現地改造されて用いられた。
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