復興担当相辞任後
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「松本龍 (政治家)」の記事における「復興担当相辞任後」の解説
2012年1月、野田政権において衆議院政治倫理審査会長に就任。 2012年第46回衆議院議員総選挙では、俳優の菅原文太も応援に駆けつけるなどしたが、福岡1区では1位の井上貴博(自民)に6万票以上の大差で敗れ、2位となったみんなの党の新人・竹内今日生にも8400票近い差を開けられる3位の得票数だったため、比例九州ブロックでの復活当選もならず、落選。日本社会党所属時の1990年、第39回衆議院議員総選挙において中選挙区時代の旧福岡1区から初当選して以来、小選挙区制となった第41回総選挙以降も継続し7期連続で守り続けてきた自らの議席を失うこととなった。 2014年10月21日、次期総選挙に立候補しないことを表明した。 2018年7月21日0時55分、肺がんのため、福岡市内の病院で死去、67歳。叙従三位、旭日大綬章追贈。
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