平貞時伝
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/01 07:21 UTC 版)
伊作平二貞時(胆沢平二貞時)が、969年(安和2年)の安和の変で連座して越後国に配流されたと伝わる(『二中歴』)。後述の島津荘を開墾したと伝わる大宰大監平季基は貞時の孫とも伝わる(貞時の子に平貞元(貞基、良元)、貞元の子が季基)。ほか子孫に良宗、宗俊、宗行の流れがある。 後述の島津荘を開墾したと伝わる平季基の子は伊佐平次兼輔と伝わり、肥前国神埼荘に土着、神埼氏を称した。兼輔の子の神崎兼重は薩摩国阿久根に入り子孫は阿久根氏(祖に神崎成兼)を称した。 後述の河邊伊作系図によると、平貞時(伊佐(伊作)平次貞時)が九州総追補使の地位を得て肥前国と南九州の領地を得、肥前国鹿島に土着したとあり、貞時の四代良道の時に薩摩国伊作郷に土着し、伊作良道を称したとされる。ただし伊作良道は兼重の弟良忠の子とも伝わり、実際に良道が貞時の直系だったかどうかは不明である(良宗流からの養猶子とも)が、良道が伊作の郡司に補任されたのは史実である。 平貞時┳貞元┳季基━兼輔(神崎荘)┳兼重(阿久根氏) ┃ ┃ ┗良忠━伊作良道 ┃ ┗良宗━姶良荘(姶良、末次など) ┗宗俊━宗行(平致行)┳薩摩国(山門院、市来崎) ┣諸県郡(救仁院、串間) ┗筑後国(諸富)など 次のようにする系図もある(桓武平氏系図) 平良文┳忠光 ┣伊佐貞時━良元┳致行━… ┃ ┣為賢 ┃ ┗季基━兼輔(神崎荘)━… ┣忠通━鎌倉景成━… ┗忠頼━…
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