常陸国のうつろ舟
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/07 06:57 UTC 版)
虚舟の伝説の中でも最も広く知られているのは、享和3年(1803年)に常陸国に漂着したとされる事例である。江戸の文人や好事家の集まり「兎園会」で語られた奇談・怪談を、会員の一人曲亭馬琴が『兎園小説』(1825年刊行)に『虚舟の蛮女』との題で図版とともに収録され今に知られているほか、兎園会会員だった国学者・屋代弘賢の『弘賢随筆』にも図版がある。この事例に言及した史料は現在までに7つが確認されており、内容には若干の異同がある。 その内容は概ね以下のようなものである。 享和3年(1803年)、常陸国鹿島郡にある旗本(小笠原越中守、小笠原和泉守などとされる)の知行地の浜に、虚舟が現れた。 虚舟は鉄でできており、窓があり(ガラスが張られている?)丸っこい形をしている。 虚舟には文字のようなものがかかれている。 中には異国の女性が乗っており、箱をもっている。
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