小規模な衝突
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/31 14:22 UTC 版)
「南オセチア紛争 (2008年)」の記事における「小規模な衝突」の解説
2008年8月初旬、南オセチア紛争地帯では小規模な砲撃や衝突が頻発し、両軍に多数の死者が出た。これに関してグルジア、南オセチアの双方が、相手側の暴力から始まったものだと主張した。 南オセチア側は1992年に設立されたグルジア・オセチア紛争解決合同調整委員会 (Joint Control Commission for Georgian-Ossetian Conflict Resolution) の分科会として、8月6日に南オセチアの首都ツヒンヴァリにて、グルジア、南オセチア、ロシア、北オセチア(ロシアの一地域)それぞれが委員を選出しての話し合いを提案した。これに対してグルジアは、グルジア以外の3地域がいずれもロシア側であることから、この提案には応じなかった。 ロシアの新聞ネザヴィシマヤ・ガゼタは目撃情報として、グルジア軍が8月6日、南オセチアの首都ツヒンヴァリに未統制ながらも激しい砲撃を開始したと伝えた。その目撃によると、用いられたのは迫撃砲、大砲、狙撃銃である。南オセチア軍は公式に、グルジア陸軍がツヒンヴァリ全域を攻撃する準備をしているとの推測を伝えている。ロシア紙からの特派員は、ツヒンヴァリに一晩中迫撃砲と大砲による砲撃が続けられたと報じている。
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