小川マリとは? わかりやすく解説

小川マリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/09 01:52 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
夫・三雲祥之助とともに(1955年)

小川 マリ(おがわ まり、1901年10月13日 - 2006年5月8日)は、日本洋画家。日本の女性洋画家の草分け。本名は三雲 マリ。夫は三雲祥之助

来歴

北海道札幌市出身。父は北海道で最初の百貨店である五番館を設立した小川二郎。兄は北海道開発局2代目局長を務めた小川譲二。庁立札幌高等女学校(現北海道札幌北高等学校)、東京女子大学卒業。大学職員として勤務しながら、武蔵野の風景に魅せられ、独学で洋画を始める。1932年独立美術協会展に初入選し、1938年頃から画業に専念。

太平洋戦争中は札幌に疎開し、1945年に三雲祥之助と結婚。夫婦で全道美術協会(全道展)創立に参画。札幌洋画研究所の講師も夫婦で務めた。その後東京に戻り、1950年春陽会初の女性会員となる。

2006年5月8日虚血性心疾患で死去した。享年104[1]

脚注

  1. ^ 芙蓉と果物 絵画買取・販売の小竹美術”. www.kotakebijyutu.com. 2021年12月9日閲覧。

小川マリ(おがわ マリ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/05 06:43 UTC 版)

女神の鬼」の記事における「小川マリ(おがわ マリ)」の解説

小川会長娘。鬼祭りの際には運営の手伝いをしている。性に奔放で、ハンニャ三浦中尾とも関係を持っているが、中でもハンニャのことが一番気に入っている。ギッチョ軍団極楽蝶引き合わせるきっかけ作った1983年鬼祭りの際には、ハンニャ追ってガネ恋人2号3号と共に鎖国島入島ようとしていた。

※この「小川マリ(おがわ マリ)」の解説は、「女神の鬼」の解説の一部です。
「小川マリ(おがわ マリ)」を含む「女神の鬼」の記事については、「女神の鬼」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「小川マリ」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「小川マリ」の関連用語

小川マリのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



小川マリのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの小川マリ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの女神の鬼 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS