実在のタージオ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/05 07:11 UTC 版)
マンに見初められた美少年は自分の方をじろじろ眺めるドイツ作家の存在を意識しており、後年この小説のポーランド語訳が出た際には、自分がモデルとなった作品であることに気づいたが、そのことを公言しなかったため、モデルの身元が判明したのはマンが死去してしばらくたってからであった。一説には1971年公開の映画を観たときだという。 この少年はシュラフタ(ポーランド貴族)のヴワディスワフ・モエス(Władysław Moes)男爵で、ヴェネツィアでマンと遭遇したのは11歳のときだった(男爵は1900年生まれ)。彼は当時ヴワージオ(Władzio)、アージオ(Adzio)などの愛称で呼ばれていた。 モエス男爵は第二次世界大戦後もポーランドに住み、1986年に亡くなった。ポーランド南部シロンスク県ピリツァの丘の上にある一族の墓地に葬られている。
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