妙覚寺 (小田原市)とは? わかりやすく解説

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妙覚寺 (小田原市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/11/24 10:06 UTC 版)

妙覚寺
本堂
所在地 神奈川県小田原市風祭482
位置 座標: 北緯35度14分52.84秒 東経139度7分52.05秒 / 北緯35.2480111度 東経139.1311250度 / 35.2480111; 139.1311250
山号 玉正山
宗派 日蓮宗
本尊 一塔両尊四士
創建年 文永5年(1268年)…日蓮宗寺院として
開山 日弁
法人番号 9021005005858
妙覚寺
妙覚寺 (神奈川県)
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妙覚寺山門

妙覚寺(みょうかくじ)は、神奈川県小田原市風祭にある日蓮宗の寺院。山号玉正山(ぎょくしょうざん)[1]本尊一塔両尊四士[1]。達師法縁[1](繁珠会)[要出典]

旧本山は下総の大本山中山法華経寺[1]江戸時代まで風祭八幡神社別当寺をつとめた[2]

歴史

文永5年(1268年)、この地にあった真言宗寺院の住僧・順学が日忍によって改宗して名を日順と改めた。

文永11年(1274年)に寺を改築するとともに寺号を改めて妙覚寺とした[1]。この年を創建年としており、日忍の師・日弁開山とし、日忍を2世、日順を3世としている[1]。真言宗時代の寺号については伝わっていない[1]。なお、江戸時代に編纂された『新編相模国風土記稿』においては住僧の名を林覚、改めた名を日意とするなど違いがある[3]

その後、天正13年(1585年)8世日芸によって再建された[1]

江戸時代末期の嘉永7年(1854年)には欅門を、慶応元年(1865年)には本堂を新築したが、1886年明治19年)の火災で欅門を残して全焼し、同年に再建[1]。 本堂は1965年昭和40年)に鉄筋コンクリート造で建て直され[1]2016年平成28年)に新築された[4]

境内

  • 本堂
  • 山門
  • 稲荷堂

脚注

参考文献




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