大屋裏住とは? わかりやすく解説

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大屋裏住

読み方おおやの うらずみ

狂歌師。姓は久須美通称白子屋左衛門、号は大奈厚記・窓院等。天明狂歌壇の先駆者本町側を主宰し門人手柄岡持立川焉馬等がいる。また鷺流狂言能くし、野呂松人形名手でもあった。文化7年(1810)歿、77才。

大屋裏住

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/30 08:37 UTC 版)

大屋 裏住(おおやの うらすみ、1734年享保19年)- 1810年6月12日文化7年5月11日))は、江戸時代中期から後期にかけての狂歌師である。本姓は久須美、通称は白子屋孫左衛門。に萩廼屋、窓雪院などがある。

経歴・人物

江戸に生まれ、初めは家業としてを営む。明和のころに日本橋の金吹町に移り、貸家に転じた。後に狂歌について興味を持ち、寛延のころ卜柳の門人となり、「大奈権厚紀」という狂名をもらって狂歌を学んだ。

後に狂歌の道を退くが、太田南畝(四方赤良)と親交を持ったことにより、家業にちなんで「大屋裏住」という狂名をもらい、南畝や元木網らと共に狂歌の制作に携わった。天明のころには多くの狂歌師を輩出した「本町連」の主催者となり、野呂松人形の名手ともなった。晩年の1797年寛政9年)には剃髪して、「萩の屋」という号をもらうなど、一躍有名となった。

墓所は深川の一言院。正面・萩濃屋裏住翁墓。

主な弟子

※いずれも、「本町連」の所属者である。

主な著作物

  • 『狂歌秋の野良』

出典



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