四川省 アバ州での暴動
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/07 04:59 UTC 版)
「2008年のチベット騒乱」の記事における「四川省 アバ州での暴動」の解説
3月16日、四川省アバ州において、ラサ市内でチベット人が回族を襲撃した事への危機感と、回族の犠牲者に与えられた残虐行為の噂が回族住民の怒りに火を付け、独立派チベット族の開いていた集会を襲撃した事に始まり、銃撃を含む衝突が発生した。 アバ州での暴動発生直後に、チベット亡命政府は中国軍の鎮圧で20名の犠牲者が出たと発表し、ローマ教皇庁外国伝道団機関紙である『AsiaNews』がこれを報じた が、この報道に対する事実関係の確認は、いまだに行われていない。 中国政府は軍事産業が集中する四川省という重要な地域での民族間対立が表面化した事と、他の地域にも存在する民族間対立への飛び火や、なにより新疆のイスラム過激派が対立に乗じて回族への影響力を強める事を恐れて、中国人民武装警察部隊や公安部隊を急遽派遣して衝突を沈静化させた。
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