同族経営からガーニーへ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/05 05:31 UTC 版)
「アビバ (保険会社)」の記事における「同族経営からガーニーへ」の解説
ノリッジ・ユニオンは火災保険の相互会社として1797年に創立された。その前からノリッジはサン保険(現RSA)や王立取引所の顧客と親しかった。1785年に名望家が集まってガーディアンなる火災保険をつくっていた。ノリッジ・ユニオンに話を戻す。同社の創立者はマーチャント・バンカー(merchant banker)のトーマス・ビグノルド(Thomas Bignold)であった。定款により、彼は会社保険料収入の5%を受け取り、そこから再生産と給与支払に充てていた。これは公私を混同していた。この定款はロンドンでの業務を禁じていたが、それは無視された。内紛がおこり、同族経営が定款で改められ、1815年に社長がサミュエル・ビグノルドに交代した。 1866年にアミカブル・ソサイエティ(Amicable Socoiety)を買収した。1870年にクラウン・バンクが破綻して以来、ガーニー家(Gurneys)がノリッジ・ユニオンの金庫番であった。1896年、ノリッジへバークレイズが進出してきて、ノリッジ・ユニオンと人材を共有した。そしてサミュエル・ガーニー・バクストン(Samuel Gurney Buxton, 1838-1909)がノリッジ・ユニオンの重役となっていた。 20世紀初頭、ノリッジ・ユニオンは生命保険も手がける英連邦の多国籍企業となっていた。1920年、その火災保険部門はフェニックス・アシュランス(現RSA)に買収されたが、しかし5年後に生命保険部門がそれを買い戻した。戦間期、バークレイズ=ノリッジ支店の重役室はガーニー家の子孫らが支配していた(Quintin Edward Gurney, 1883–1968)。そしてノリッジ・ユニオンの幹部は地元の政治家でもあった(George Chamberlin)。しかし胴元のバークレイズは徐々に経営陣を入れ替えた。
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