吉本時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/26 04:18 UTC 版)
1942年に東宝との契約の切れた清水金一からの誘いで、軽演劇界に戻ることになり、吉本興業の傘下に入って、清水、田崎潤(当時は田中実)とともに、東京吉本の浅草花月劇場で新生喜劇座を結成する。そして清水との二人三脚で全国的な人気を得た。その後吉本から松竹に移るものの、清水のワンマン座長ぶりから、新生喜劇座は長続きせず、1943年に堺は田崎と共に脱退、水の江瀧子の劇団たんぽぽに参加する。1944年出征し、横須賀海兵団の炊事係として終戦を迎えるが、その間の一家の生活費は水の江瀧子が支えてくれた。
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