出自の伝承
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/03 07:28 UTC 版)
『美濃部天満宮社記』によると、菅原道真が大宰府に左遷された時に一族や側近も失脚し、京を追われた五男の菅原淳茂が、菅原氏の荘園であった美濃部郷(現在の甲賀市水口町)梅ヶ畑に預けられた。美濃部郷の長、平左兵衛門為親の娘との間に一子菅原三郎直茂をもうける。923年(延長元年)5月、淳茂は赦免されて帰洛するが、子の直茂は美濃部に残り、小字武島に屋敷を建て、地名の美濃部に姓を変えて在地領主となった。
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