兪吉濬の陰謀
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/08/14 22:39 UTC 版)
以下は日本公使館記錄における兪吉濬の陰謀に参与した吳世昌の証言を中心とする。 邦人では深川潤一および荒井德一が兪吉濬の陰謀に参与したとされる。一方の韓帝は、亡命者である朴泳孝および兪吉濬の下へ、内偵として元典圜局技師の徐相潗を派遣した。徐相潗は典圜局長であった李容翊と対立して、邦人側に一時潜伏していたことがあるとされる。徐相潗は亡命者に同情を寄せる態度を取って亡命者の意思を探り、兪吉濬が「兎に角外国の事情を国民一般に吹聴するを急務」だと考えているものの資金の問題を抱えていることを聞き出した。 その後韓帝はより信頼できるとされる人物として、徐相圭(偽名:徐相浩)を徐相潗の親族と偽って派遣した。深川潤一は資金を徐相潗に乞い、徐相潗からの資金で銅峴に密会用の家を購入した。この資金の出所は、吳世昌の証言によれば、徐相潗がこの陰謀を韓帝に内奏し、韓帝より賜った工作資金とされる (#白銅貨偽造も参照)。韓帝は更に陰謀を探るため、追加で柳東根正尉 (陸軍大尉相当) を派遣した。 密会における協議の末、吳世昌を引き入れることが企てられた。吳世昌は陰謀へと積極的に参与するようになったものの、徐相潗および柳東根の挙動に疑問を感じて内々に調べた結果、柳東根が韓帝との繋がりの深い姜錫鎬と協議していることを聞き出した。吳世昌は恐懼に耐えられなくなり、助けを求めるため、邦人に陰謀を暴露したと証言している。
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