中世アラビアの天文学者
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/25 05:31 UTC 版)
アル=フワーリズミーのZīj al-Sindhind (アラビア語: زيج )は、約37章からなる文献で、正弦の値の表とともに暦や天文学、占星術に関する116の表が掲載されている。sindhindとして知られるインド天文学の方法を基にし、その後に多く書かれたアラビア語の天文学書の最初のものである。表の中には、太陽、月、当時から知られていた5つの惑星の運動に関するものある。この本はイスラム天文学の転換点になった。ムスリムの天文学者Hithertoは最初にこの分野の研究方法を導入し、専門書を翻訳し、既に知られていた知識を学んだ。フワーリズミーの著書は非伝統的な研究法、計算法の最初のものとなった。 820年頃に書かれたアラビア語の原版は失われているが、1000年頃にスペインの天文学者Maslamah Ibn Ahmad al-Majritiが書いた版は、おそらくAdelard of Bathによるラテン語の翻訳で残っている)。現存するラテン語の4冊は、シャルトルのBibliothèque publique、パリのBibliothèque Mazarine、マドリードのBibliothèque Mazarine、オックスフォードのボドリアン図書館に保存されている。
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