下馬札
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/21 17:21 UTC 版)
下乗、下馬には成文があるが、下馬札の成文は見当たらない。その起源は明らかでないが、「大唐西域記」に、釈迦が霊鷲山で説法する時、退凡下乗の卒塔婆を建てたことが見える。「一話一言」によれば、正安3年、権大僧都永瑜が建てた高雄の下馬碑が最古であるという。江戸城の諸門外には下馬札が立てられ、社寺にもあった。明治2年8月、神宮、官国幣社に皇族の参拝のある時、下馬下乗の場所を指定するよう教部省から令されている。その規定や書法については江戸時代、青蓮院に筆法が伝わるなど取り扱いがやかましかったという。
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「下馬札」の例文・使い方・用例・文例
- 下馬札
- 下馬札という立て札
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