三好橋の完成
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/04 03:23 UTC 版)
徳島県でも特に吉野川は多くの渡し舟が用いられていた河川であった。1891年の徳島県の統計資料によれば、徳島県には154箇所の渡し舟場があり、うち125箇所が吉野川にあった。しかし、渡し舟は洪水が起これば使用できなくなったこと、渡河の際に舟が転覆して水死した者がたびたび出たこと、さらに自動車が普及してきたことから、吉野川に頑丈な橋を作ることが望まれるようになった。そんな機運の中で三好橋は建設され、1927年に吊り橋として完成した。なお、三好橋から少し下流側で吉野川の流路は大きく東へと曲がっており、吉野川が東へと流れ出した先には1975年に池田ダムが完成した。しかし、この比較的近い場所に完成したダムによっても水没しない位置にあった三好橋は、池田ダム完成後もそのまま使用され続けた。
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