三位一体の神
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/19 09:44 UTC 版)
ニカイア・コンスタンティノポリス信条は(そして使徒信条も)、父、子、聖霊の順に、三位一体について言及している。 キリスト教において、神は一つであり、かつ父・子・聖霊(聖神)と呼ばれる三つの位格があるとされる。このことから、キリスト教において神は三位一体(正教会では至聖三者)と呼ばれる(あるいはこうした理解をする教理を三位一体と呼ぶ)。 「父・子・聖霊」のうち、「子」が受肉(藉身)して、まことの神・まことの人(神人)となったのが、イエス・キリストであるとされる。 三位一体論が難解であることはキリスト教会においても前提となっている。例えばカトリック教会においては、神は自身が三位一体である事を啓示・暗示してきたが、神自身が三位一体であることは理性のみでは知り得ないだけでなく、神の御子の受肉と聖霊の派遣以前には、イスラエルの民の信仰でも知り得なかった神秘であるとされる。正教会においては、「三つが一つであり、一つが三つというのは理解を超えていること」とし、三位一体についても「理解する」対象ではなく「信じる」対象としての神秘であると強調される。 難解な三位一体論を説明するにあたり、「(いわゆる正統派における)三位一体論ではないもの」を説明する、いわば消去法のような形で、(いわゆる正統派における)三位一体論に接近する手法がある。 「『子』と『聖霊』は、被造物(造られたもの)」ではない。 「『父』、『子』、『聖霊』とは、時代によって神が自分を表す様式(mode)を変えていったもの」ではない。 「一人三役のようなもの」ではない。 「『父』だけが神であり、イエスに宿ったのは神の『力』に過ぎない」は誤り。 「『父』『子』『聖霊』は、三つの神」ではない。
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