ルイ・イェルムスレウ
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ルイ・イェルムスレウ(Louis Hjelmslev、1899年10月3日 - 1965年5月30日)は、デンマークの言語学者[1]。
- ^ 河出書房新社編集部『ドゥルーズ 没後20年新たなる転回』河出書房新社、2015年、150頁。ISBN 978-4-309-24735-9。
- ^ アルフレッド・タルスキのタルスキ意味論のような論理学におけるメタ言語に基づいている。バディル(2007) p.126
- ^ "Ms. Mary" は通常"Ms."を 【míz】 と読み心的現象を想起させない中性的な「女性のメアリーさん」を外示(denote)させる。ただし、俗語的に、男性が女性を呼ぶとき、Ms.をmess 【més】(めちゃくちゃ)や muss 【mʎs】(しわくちゃ)と発音したり、 miserable(みじめな)やmisanthrope(人間ぎらい)の省略といってからかったりすることがある。米俗語辞典 「Ms.」の項目。
このとき、話者の発音のゆらぎに応じて相手が外示体(denotation)以外の(とくに心的現象を想起させる)イメージを促される対象を共示体(connotation)と呼ぶ。 - ^ 父親のヨハネス・イェルムスレウは1923年に『自然幾何学』(原著ドイツ語)およびルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインとダフィット・ヒルベルトとの対話を出版している。バディル(2007) p.240
- ^ バディル(2007) p.7
- ^ なお、イェルムスレウが言理学の構想を打ち立てたのは1930年代に入ってからである。バディル(2007) p.10
- ^ 根本的には実証主義(logical positivism)と呼ばれる立場が科学に要求する方法を問題とするものであった。バディル(2007) p.9
- ^ バディル(2007) pp.9-10
- ^ Collins & Mees (1999) p.332
- ^ バディル(2007) p.238
- ^ バディル(2007) p.239
- ^ バディル(2007) p.240
- ^ a b c バディル(2007) p.10
- ^ バディル(2007) pp.17-18
- ^ 言理学は、プラハ言語学研究会とイェルムスレウが創設したコペンハーゲン言語学研究会との差別化を図る上でも重要な道具立てでもあった。
- ^ 石田(2010) p.111
- ^ イェルムスレウが生涯会長を務めたコペンハーゲン言語学研究会は認識論的方法の面で対立することになったものの、このプラハ言語学研究会に倣って設立されたものであり、実際にヤコブソンがナチスから逃れてアメリカに渡る途中、コペンハーゲンに一時迎えたのはイェルムスレウである。さらに、1939年から1945年にかけてイェルムスレウはローマン・ヤコブソン、エミール・バンヴェニスト、アンドレ・マルティネらプラハ学派のメンバーと継続的に書簡のやりとりを行っていた。バディル(2007) p.238
- ^ バディル(2007) p.15,171
- ^ この第二の著書において、「メタ言語」や「共示」などの概念が示された。
- 1 ルイ・イェルムスレウとは
- 2 ルイ・イェルムスレウの概要
- 3 フランス構造主義への影響
- 4 参考文献
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