ラダックの自治
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/12 03:25 UTC 版)
ラダックが旧ジャンムー・カシミール州であった時代、ジャンムー・カシミール州の予算が十分に配分されない事に不満を持ち、仏教徒を中心にラダック地方で独自の政策が行えるように運動を行ってきた。一時期は分離独立運動として危険視されたこともあったようだが、これらの運動は政府に認められ、1995年9月、ラダック自治山間開発会議(英語版)という限定的な政府機関と議会が、レー地区(英語版)とカールギル地区(英語版)に設立され、独自の予算が配分されることになった。なお、現在は独自の教科書選定など限定的な自治が認められている。 2019年8月9日、ジャンムー・カシミール地方を残りの地域から分離した連合領土として再構成する規定を含む再編法がインド議会で可決され、同年10月31日に発効した。この法では、独立以来認められていたジャンムー・カシミール州の特別的地位を剥奪し、ジャンムー・カシミール連邦直轄地とラダック連邦直轄地に分割する。この法に反対し、カシミールの東部のスリナガルでは大規模な抗議デモが起きた。また、カシミールの扱いを巡ってインド・パキスタンの両国の関係は悪化している。
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