マリヤ運動具店に始まる輸入ロープ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/29 03:43 UTC 版)
「クライミングロープ」の記事における「マリヤ運動具店に始まる輸入ロープ」の解説
日本に本格的にクライミングロープが登場するのは、1921年に大阪のマリヤ運動具店がマニラアサ製で青糸を交えて編んだロープをミッチランガー・ガウバより輸入したのが最初である。また1921年の春には槇有恒が持ち帰った登山用具の中にアーサー・ビール製の撚りロープがあった。槇は『わたしの山旅』中で「この頃の登山縄は、マニラ麻製で直径一二ミリのものが多く、英国製の山岳会証明付きのものが最上とされていた」と書いている。 1924年好日山荘が誕生すると早速スイスのセクリタスが製造したクライミングロープを輸入、1926年にはアーサー・ビール製の輸入も始めた。また同じ頃大阪の吉岡商店と東京の銃砲店だった川口屋もセクリタスを、神戸の日本貿易もアーサー・ビールを、そして東京の保々近藤合名会社(近藤茂吉の会社)がイギリスのフロスト、スイスのレンツブルグ、アーサー・ビールの輸入を始めた。1924年にロック・クライミング・クラブが結成され岩登りや冬季登山に拍車がかかったことと呼応し、ようやく日本の登山界も大きな飛躍を迎えた。
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