ペルセフォーヌ (ストラヴィンスキー)とは? わかりやすく解説

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ペルセフォーヌ (ストラヴィンスキー)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/29 07:53 UTC 版)

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ペルセフォーヌ(ペルセポネー)像

ペルセフォーヌ』(Perséphone)は、アンドレ・ジッドの台本により、イーゴリ・ストラヴィンスキーが1933年から1934年にかけて作曲した、3場からなるフランス語メロドラマ

管弦楽・独唱・合唱・語り・舞踊を伴う演劇で、ギリシア神話のペルセフォーヌ(ペルセポネー[注 1]の地下世界への旅と再生を主題とする。

セルゲイ・ディアギレフの没後、アメリカに移住するまでの間、『ペルセフォーヌ』はフランスからの注文で作曲された唯一の曲だった[2]

作曲の経緯

ストラヴィンスキー《1920~30年頃撮影》
アンドレ・ジッド《1930年頃撮影》

ジッドの詩にもとづく劇の音楽の作曲を1933年はじめにイダ・ルビンシュタインから依頼されたストラヴィンスキーは、ジッドと協力して作曲を開始し、1934年1月24日に完成した[3]。ストラヴィンスキーがルビンシュタインのために音楽を提供するのは『妖精の接吻』(1928年)についで2回目である。

長年フランスに住んでいたストラヴィンスキーだったが、意外なことにそれまでフランス語に作曲したのは『ヴェルレーヌの2つの詩』(1910年)だけだった[4][5](『兵士の物語』ではセリフは曲から独立していた)。

ストラヴィンスキーとジッドは、かつて第一次世界大戦中にシェイクスピアアントニーとクレオパトラ』の演劇を作るために協力しようとしたことがあったが(やはりルビンシュタインの依頼による)、ストラヴィンスキーがアントニーの衣裳を現代人のものにするべきだと主張したために実現しなかった[6][7]

『ペルセフォーヌ』では協力は当初成功するように見えたが、2人の間に意見の大きなへだたりがあることが次第に明らかとなり、不満を持ったジッドはリハーサルや初演に参加しなかった[8]

初演

1934年4月30日にパリ国立オペラで、ストラヴィンスキー自身の指揮によって初演された[9]

  • 振付:クルト・ヨース英語版
  • 美術・衣裳:アンドレ・バルザック英語版
  • ペルセフォーヌ:イダ・ルビンシュタイン
  • エウモルポス:ルネ・メゾン

ルビンシュタインによる公演は3回だけで終わり[4]、その後も上演される機会は少ない[9]

ストラヴィンスキーはこの曲を失敗作であり、お蔵入りにすべきだと考えていた[10]。メロドラマという形式自体が失敗としていたが[11]、後に『説教、説話、祈り』と『洪水』で再びメロドラマ形式の劇音楽に取りくんでいる。

日本初演は、2018年(平成30年)5月18・19両日に開催された日本フィルハーモニー交響楽団の第700回記念定期演奏会(アレクサンドル・ラザレフ指揮、日本フィルハーモニー交響楽団晋友会合唱団東京少年少女合唱隊)に於いてサントリーホールで行われ、その模様をライヴ収録したCDが同年9月26日にオクタヴィア・レコードからリリースされている[1][12]

楽器編成

エウモルポスが歌い、ペルセフォーヌは語りつつマイムを行う。それ以外のデーメーテール、プルートー、メルクリウスらは踊る。ストラヴィンスキー自身は、ペルセフォーヌと語り手は分けた方がいいと言っている[14]

演奏時間は約56分[6]

あらすじ

音楽・音声外部リンク
全曲を試聴する
PERSÉPHONE by Stravinsky - テオドール・クルレンツィス指揮マドリード王立劇場管弦楽団・合唱団他による演奏。EuroArts(レコードレーベル)公式YouTube。

第1場:誘拐されるペルセフォーヌ

ニンフたちとともに花をつむペルセフォーヌがスイセンを見ると、そこには地下世界の闇の中で苦しむ人々が見える。エウモルポスは、彼らを憐れむとプルートーの妻にならなければならなくなると注意するが、ペルセフォーヌは自らの意志で地下の世界へ行く。

第2場:地下世界のペルセフォーヌ

地下世界がペルセフォーヌの前に出現する。エウモルポスはペルセフォーヌに、レーテーの水を飲んですべてを忘れ、プルートーの妻として地下世界に君臨するように歌う。

メルクリウスザクロをペルセフォーヌに与える。ペルセフォーヌがそれを食べると、地上のことを思いだす。地下まで持ってきたスイセンの香りをかぐと地上の世界が見えるが、そこは永遠の冬が支配していた。

第3場:再生したペルセフォーヌ

地上の人々は神殿を作ってペルセフォーヌを呼び、その声によってペルセフォーヌは地上へ戻り、母のデーメーテールに再会する。しかしペルセフォーヌは地下の人々の苦しみをやわらげるために、たいまつを持って再び地下へ下る。

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ 「ペルセフォーヌ」は、当作品の主人公である女神「ペルセポネー」の台本上のフランス語読み表記である[1]

出典

  1. ^ a b 第700回東京定期演奏会 (PDF)”. 日本フィルハーモニー交響楽団 (2018年5月18日). 2018年10月10日閲覧。 “→公演案内ページ(HTML版)
  2. ^ White (1979) p.98
  3. ^ White (1979) p.374
  4. ^ a b 自伝 p.235
  5. ^ White (1979) p.378
  6. ^ a b White (1979) p.375
  7. ^ Walsh (1999) p.279-280,285
  8. ^ White (1979) pp.104-105,376-378
  9. ^ a b White (1979) p.106
  10. ^ White (1979) pp.105,378
  11. ^ ストラヴィンスキー 著、吉田秀和 訳 『118の質問に答える』音楽之友社、1970年、23頁。 
  12. ^ “アレクサンドル・ラザレフ&日本フィルによるストラヴィンスキー『ペルセフォーヌ』日本初演のライヴ録音登場”. CDJournal. (2018年9月27日). https://www.cdjournal.com/main/news/alexander-lazarev/80621 2018年10月10日閲覧. "→『ペルセフォーヌ』ライヴ収録CD案内ページ(オクタヴィアレコードWebサイト内)" 
  13. ^ Stravinsky, Igor: Persephone, Boosey & Hawkes, https://www.boosey.com/cr/music/Igor-Stravinsky-Persephone/725 
  14. ^ White (1979) p.387

参考文献

  • Stephen Walsh (1999). Stravinsky: A Creative Spring: Russia and France 1882-1934. New York: Alfred A. Knopf. ISBN 0679414843 
  • Eric Walter White (1979) [1966]. Stravinsky: The Composer and his Works (2nd ed.). University of California Press. ISBN 0520039858 
  • イーゴル・ストラヴィンスキー 著、塚谷晃弘 訳 『ストラヴィンスキー自伝』全音楽譜出版社、1981年。 NCID BN05266077 

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