ピンダロスとアルケシラオス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/13 08:22 UTC 版)
「ピューティア第四祝勝歌」の記事における「ピンダロスとアルケシラオス」の解説
ピンダロスはボイオーティアの首都テーバイ郊外の村キュノスケパライで、紀元前518年に誕生した。彼はテーバイの由緒ある貴族の家系であるアイゲイダイ人として生まれた。このアイゲイダイ人は、ラーイオスやオイディプースなどの著名な英雄をその祖であるとし、同じボイオーティアのオルコメノス市を本拠地とするミニュアース人の縁戚であるとされていた。 リビュアのギリシア人植民地であるキューレーネー市は、ミニュアース人が立てた都市とされ、実際、そこではミニュアース人が大きな勢力を持ち、アルケシラオス王もミニュアース人の血統を誇っていた。 ピンダロスはキューレーネー及びアルケシラオスに対し、彼自身の貴族の血筋や縁戚によるものと考えられるが、格別の近親感を持ち、紀元前462年のピューティアでの勝利を称えるうたとして、いま一つ、『ピューティア第五祝勝歌』も作詩している。また、この第四祝勝歌は伝存しているピンダロスの祝勝歌のなかでも、もっとも長く、13トリアース(スタンザ)、合計42ストロペー・エポドスで、299行ある。このような長篇詩はピンダロスの祝勝歌でも他に例がない。
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