バシレイデースの主張
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/03 05:00 UTC 版)
…したがって、彼(キリスト)は受難もしなかった。そうではなく、キュレネ人のシモンという者が徴用されて彼の代わりに十字架を背負ったのであり、この男が(人々の)無知と迷いのゆえに十字架に付けられたのである。彼(シモン)がイエスであるかのように見えるように、彼(イエス)によって姿を変えられた後で。他方、イエス自身の方はシモンの姿になり、立って彼らを笑っていた。 — 『異端反駁』I, 24, 4 以上に引用したように、バシレイデースにおいては、受難どころか、イエスの身体性が完全に否定され、またイエス以外の人物(シモン)の外見さえ変えられており、外見にとらわれる無知な人々を笑っている。まさに仮現説の極みである。 『ナグ・ハマディ写本』の『大いなるセツの第二の教え』や『ペトロ黙示録』にもバシレイデースとよく似た記述があり、受難したのはイエスとは別の人物であり、イエスが人々の無知を笑っていたとある。ただし、両書は、バシレイデース派の文献ではない。
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