ナガ諸語とは? わかりやすく解説

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ナガ諸語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/17 06:35 UTC 版)

ナガ諸語(ナガしょご、Naga languages)は、ナガ族によって話される諸言語の総称である。系統的にはシナ・チベット語族(トランス・ヒマラヤ語族)チベット・ビルマ語派に属する。

インドにおけるナガランド州の位置(赤色)

ナガ族の居住する北東インドナガランド州ミャンマーナガ自治区及びその周辺地域は、世界の中で言語的多様性の高い地域の一つである[1][2]。ナガの諸言語は少なくとも以下のグループから成る。

  • 北ナガ諸語英語版(コニャク諸語)
  • タンクル諸語英語版
  • 西ナガ諸語英語版(ゼメ諸語)
  • アンガミ・ポチュリ諸語英語版
  • 中央ナガ諸語英語版(アオ諸語)

このうち北ナガ諸語(コニャク諸語)は、シナ・チベット語族の中でも、ジンポー語ボド・ガロ諸語英語版共にサル語支に分類される。それ以外のナガ諸語のシナ・チベット語族における位置は未詳であるが、アンガミ・ポチュリ諸語と中央ナガ諸語(アオ諸語)は同一の系統群に属する可能性がある[3]。コニャク諸語を除く4語群をまとめて単にナガ諸語(Naga languages)と称する場合もある[4]。これら4語群はインド・ビルマ諸語(Indo-Burmic languages)と称される場合もある[5]。なお、「ナガ」の人々の共通語としては、インド・アーリヤ系クレオールであるナガミーズ語英語版が使用される[6]

「コニャク」「ゼメ」「タンクル」「アンガミ・ポチュリ」「アオ」の各グループに所属する言語

「ナガ」の言語

ナガリム運動英語版において主張される「ナガリム」の領域(青色)

ナガ」はインパール渓谷英語版の北に広がる、ブラフマプトラ川チンドウィン川に挟まれた山岳地帯に居住する諸民族の総称である[7]。「ナガ」の居住地域は、行政上、インド北東部ナガランド州を始め、マニプル州アッサム州アルナーチャル・プラデーシュ州の一部、及びミャンマーザガイン地方域に位置するナガ自治区にまで及んでいる。ナガランド州は、インドの中でも言語的多様性の極めて高い地域である[1][2]。面積は16,579㎢、人口は200万人弱と小規模な州でありながら、他地域からの移住者によって話されるインド・アーリヤ諸語アッサム語ネパール語ベンガル語ヒンディー語諸方言)に加え[2]、少なくとも24のチベット・ビルマ系言語が分布している[8]。ナガランド州内、とりわけミャンマー国境周辺で話される言語は、記述・記録が殆ど進んでおらず、実際にはそれよりもさらに多くの相互理解不可能な言語および「方言」が存在すると見られる[9]

なお、「ナガ」の人々の共通語としては、アッサム語を語彙供給言語としたクレオールであるナガミーズ語英語版が用いられる[6]。ナガミーズ語におけるナガ諸語由来の語彙は基本的に皆無であり、固有名詞や動植物名、及びナガ社会に固有の文化的事物を表す語彙(genna「慣習法」、hoho「集会組織」など)が使用される程度である[10]。一方、元来奪格標識として使用されていたparaが、他動詞主語能格)を表すのに用いられるなど、ナガ諸語との接触に起因する言語変化も認められる[11]

「ナガ」諸語の分類

チベット・ビルマ語派内における「ナガ」諸語の関係は一様でない。米国の人類学者・言語学者であるロビンス・バーリン英語版は、北ナガ諸語英語版ボド・ガロ諸語英語版ジンポー語と共に「サル語支」に分類した一方[12]、その他の「ナガ」諸語を中央ナガ諸語英語版(アオ諸語)、アンガミ・ポチュリ諸語英語版西ナガ諸語英語版(ゼリアンロン諸語、ゼメ諸語)、タンクル諸語英語版の4つに分類している[13][14]。その他、クキ・チン諸語北西語群(古態クキ語)の話者の中には、自らを「ナガ」と認識する集団も数多く含まれている[15]。バーリンはこれらの言語群が一つの単系統群を成すか多系統群であるか明言を避けている[16][17]

「ナガ」諸言語と他のトランス・ヒマラヤ諸語の関係を示した図。

他方、南洋理工大学のアレクサンダー・クーペ(Alexander R. Coupe)は、「ナガ」諸語の中で、アンガミ・ポチュリ諸語とアオ諸語の数詞体系のみに見られる上方算法(overcounting)[18]が、両言語群の系統的な近さを裏付ける共通改新であると論じている。上方算法は現在のナガ諸語において廃れているもののの、19世紀後半から20世紀前半に記録されたアオ諸語とアンガミ・ポチュリ諸語の資料には認められる[19]。例えば、英国の植民地官僚ジェームズ・フィリップ・ミルズ英語版が記録したアオ語モンセン方言(Mongsen)において、数詞の「16」はmükyi müpen tērŏkとなる。一方、クーペが記述した現代のモンセン方言ではthəɹa-ɹə tə-ɹukとなる[20]。クーペの調査協力者であるモンセン方言の話者によると、mükyi müpen tērŏkは「20に満たない6 ‘(the) twenty not completed, (the) six’」を意味するという[20]。1926年に出版されたミルズの資料[21]において、ヤチャム方言をを除くアオ語諸方言の16から19までの数詞は、「20」を基準とした同様のパターンで表現される。

アオ語諸方言の上方算法[20](太字は出典ママ)
モンセン(1926年) チュンリ(Chungli) チャンキ (Changki) ロンラ (Longla) ヤチャム (Yacham) モンセン(2007年)[22]
1 ākhā ākhā ākhāt khĕ khāt a-khət
2 ānĕt ānā ānĕt ānĕ ānĕt a-nət
3 ăsăm āshăm ăsăm āsăm āsăm a-səm
4 püli phüzü püli phüzü phüle phəli
5 phāngă pōngŏ phāngă pōngŏ phōngŏ phaŋa
6 tērŏk tērŏk tērŏk tērŏk tülŏk tə-ɹuk
7 tēni tēnĕt tēni tünĕ tēnyĕt thəni
8 tsı̆t tı̄ tēzĕt tüzĕt tēsĕt tshət
9 tükū tōkū tükū tı̄kū tükhū thuku
10 teră tür teră tüwō tülo thəɹa
11 teră ākhāt türü kha terări ākhāt tüwō khĕ tüloli khāt thəɹa-ɹə à-khə̀t
12 teră ānĕt tür ānā terări ānĕt tüwō ānĕ tüloli ānĕt thəɹa-ɹə à-nə̀t
13 teră ăsăm tür āshăm terări ăsăm tüwō āsăm tüloli āsăm thəɹa-ɹə à-sə̀m
14 teră püli türü phüzü terări püli tüwō phüzü tüloli phüle thəɹa-ɹə phə̀lı̀
15 teră phāngă türü pōngŏ terări phāngă tüwō pōngŏ tüloli phōngŏ thəɹa-ɹə pàŋà
16 mükyi müpen tērŏk metsü maven tērŏk müki müpen tērŏk metsü maven tērŏk tüloli tülŏk thəɹa-ɹə tə-ɹuk
17 mükyi müpen tēni metsü maven tēnĕt müki müpen tēni metsü maven tünĕ tüloli tēnyĕt thəɹa-ɹə thəni
18 mükyi müpen tsı̆t metsü maven ti müki müpen tēzĕt metsü maven tüzĕt tüloli tēsĕt thəɹa-ɹə tshət
19 mükyi müpen tükū metsü maven tōkū müki müpen tōkū metsü maven tı̄kū tüloli tükhū thəɹa-ɹə thuku
20 mükyi metsü müki metsü tāmōŋ khāt məki

上方算法はアンガミ語やスミ語、ロタ語、の古い資料にも認められるが、他の「ナガ」諸語や、クキ・チン諸語メイテイ語といった周辺のチベット・ビルマ諸語には見られない[19][23][24]

米国の言語学者スコット・デランシー英語版は、アオ諸語、アンガミ・ポチュリ諸語、ゼメ諸語、タンクル諸語における形態論的特徴の共通性に着目し、これらが単一の言語群に属する可能性を指摘している[25]

言語多様性の要因

ナガランドにおける言語的多様性をもたらした要因として、アレクサンダー・クーペは、当地における生物多様性の高さや、「ナガ」諸民族の文化的慣習を挙げている[26]

ニューギニアメラネシア東部、ワラセアメソアメリカ西アフリカギニア周辺の森林地帯(en:Guinean Forests of West Africa)、そしてインド-ミャンマーのような言語的多様性の高い地域は、生物学上のホットスポットでもあり、世界の言語のおよそ半数がそうしたホットスポットに分布する[27]。生物多様性の高い地域では、食物資源が豊富に利用でき、異なる集団間で交易のような接触を図る動機が薄い。限られた資源を巡って争い合い、一方の集団が他方の集団を暴力的に征服するような事態も起こりにくい。これがナガランドのような地域における言語多様性の維持にも繋がっていると見られる[28]

また、19世紀の英領インド帝国による併合以前、ナガ丘陵英語版においては民族間の交流が希少であった。集落間の関係は決して良好なものではなく、敵対する集団に対する首狩りも頻繁に行われていた。ナガランドの言語的多様性にはこうした文化的事情も関与していると見られる[29]

言語的特徴

「ナガ」諸語を含む北東インドチベット・ビルマ諸語は一般的にSOV型膠着語であり、声調言語であることが多い[30]

アオ諸語に属するサンタム語英語版(Sangtam)では、閉鎖音を前に伴う両唇ふるえ音pre-stopped bilabial trills)の無声無気音と/t͡ʙ̥/と無声有気音/t͡ʙ̥ʰ/がそれぞれ音素として区別される[31]。以下の表は、/t͡ʙ̥/、無声音/t͡ʙ̥ʰ/を含むサンタム語北部方言(Northern Sangtam)の語例を、アオ諸語に属するアオ語モンセン方言(Mongsen Ao)、イムキウン語(Yimkhiung)、ロタ語(Lotha)、チベット・ビルマ祖語英語版(PTB)の対応形式と共に示したものである[32]

語釈 北サンタム モンセン イムキウン ロタ PTB
līt͡ʙ̥ʰʌ̀ lītʃāk-tʃāŋ sāŋlɯ̀ʔ lōtsʰə̀ *b/m-la, *m-da
耳の聞こえない nàŋt͡ʙ̥ìŋ tə̄-nāɹūŋ tə̄-tʃāk nə̄kēn pīyāŋ nɔ̀pᵼ̄ŋʔ *m-baŋ
ドラム t͡ʙ̥ʰāŋ āphə̄n sàŋtān ɔ̀-pʰìaŋ
灰色 kūt͡ʙ̥úk tə̄pū pījūk mə́ŋʒə́ *pwəy
フェンス t͡ʙ̥ʌ̀ īkhū ʃàʔhīpə̄n / ʃàʔə̄n ìpì *hwaŋ, *kram
股間 kʰít͡ʙ̥á̰k kājā-tʃʰáŋ mə̄ʈʰʴī ɔ̀-zóʔ *kap
t͡ʙ̥àŋ īmpə̄n tīpīān ɔ̀-cɛ̀m *kaːp~ʔap
(木の)板 síŋ-t͡ʙ̥ák sə̄ŋ-pāk ɹ̥ə̄psāŋ tsᵻ́ŋ-pʲāk *pleŋ

ナガ諸語の一覧

言語名 Language ISO 639-3 地域 人口 統計年
アンガミ・ナガ語 Naga, Angami njm インド 125,000 2001年
Naga, Chokri nri インド 24,000 2001年
ケジャ・ナガ語 Naga, Khezha nkh インド 23,000 1997年
マオ・ナガ語 Naga, Mao nbi インド 81,000 1997年
北部レングマ・ナガ語 Naga, Northern Rengma nnl インド 13,000 1997年
Naga, Pochuri npo インド 15,900 2001年
Naga, Poumei pmx インド 51,000 1997年
南部レングマ・ナガ語 Naga, Southern Rengma nre インド 21,000 1997年
スミ・ナガ語 Naga, Sumi nsm インド 242,000 2001年
アオ・ナガ語 Naga, Ao njo インド 232,000 2001年
ロタ・ナガ語 Naga, Lotha njh インド 148,000 2001年
サンタム・ナガ語 Naga, Sangtam nsa インド 83,700 2001年
イムチュングリ・ナガ語 Naga, Yimchungru yim インド 96,400 2001年
Naga, Khoibu nkb インド 25,600 2001年
マリン・ナガ語 Naga, Maring nng インド 17,400 2001年
タンクール・ナガ語 Naga, Tangkhul nmf インド 125,000 2007年
Naga, Leinong lzn ミャンマー 8,000 2007年
Naga, Long Phuri lpn ミャンマー 2,000 2007年
Naga, Makuri jmn インド 4,000 2007年
Naga, Makyan umn ミャンマー 3,000 2007年
Naga, Para pzn ミャンマー 2,000 2007年
Naga, Puimei npu インド 3,000 2001年
コイレン語 Koireng nkd インド 3,000 2002年
Naga, Inpui nkf インド 10,000 2000年
Naga, Liangmai njn インド 41,100 2001年
マラム・ナガ語 Naga, Maram nma インド 25,000 2000年
Naga, Mzieme nme インド 29,000 1997年
ロンメイ・ナガ語 Naga, Rongmei nbu インド 59,000 1997年
Naga, Thangal nki インド 23,600 2001年
ゼメ・ナガ語 Naga, Zeme nzm インド 72,800 2001年

出典

  1. ^ a b Post & Burling 2017, p. 215.
  2. ^ a b c Coupe 2022, p. 13.
  3. ^ Coupe 2012.
  4. ^ DeLancey 2015, p. 122.
  5. ^ Coupe 2023, p. 254.
  6. ^ a b 村上 2021a.
  7. ^ Bruhn 2014, p. 12.
  8. ^ Coupe 2023, p. 251.
  9. ^ Coupe 2022, pp. 14–15.
  10. ^ 村上 2021b, p. 250.
  11. ^ Coupe 2023, p. 267.
  12. ^ Burling 1983.
  13. ^ Burling 2003.
  14. ^ Post & Burling 2017.
  15. ^ Konnerth 2018, p. 19.
  16. ^ Coupe 2012, p. 204.
  17. ^ Post & Burling 2017, p. 217.
  18. ^ 落合 2021.
  19. ^ a b Coupe 2012, pp. 204–205.
  20. ^ a b c Coupe 2012, p. 206.
  21. ^ Mills 1926.
  22. ^ Coupe 2007.
  23. ^ Coupe 2012, p. 209.
  24. ^ Coupe 2012, pp. 211–212.
  25. ^ DeLancey 2015.
  26. ^ Coupe 2022, p. 9.
  27. ^ Gorenflo et al. 2012.
  28. ^ Coupe 2022, p. 16.
  29. ^ Coupe 2022, p. 17.
  30. ^ Post & Burling 2017, p. 218.
  31. ^ Coupe 2020, p. 22.
  32. ^ Coupe 2020, p. 26.

参考文献

  • Burling, Robbins (2003), “The Tibeto-Burman languages of northeast India”, in Thurgood, Graham; LaPolla, Randy J., Sino-Tibetan Languages, London: Routledge, pp. 169–191, ISBN 978-0-7007-1129-1. 
  • Coupe, Alexander R. (2007). A Grammar of Mongsen Ao. Berlin & New York: Mouton de Gruyter 
  • Coupe, Alexander R. (2012). “Overcounting numeral systems and their relevance to sub-grouping in the Tibeto-Burman languages of Nagaland”. Language and Linguistics 13 (1): 193–220. hdl:10356/98563. 
  • Coupe, A. R. (2020). “Northern Sangtam phonetics, phonology and word list”. Linguistics of the Tibeto‑Burman Area 43 (1): 147–189. doi:10.1075/ltba.19014.cou. 
  • Coupe, A. R. (2023). “The role of cognitive schemas in linguistic convergence: from nominative‑accusative to ergative‑absolutive alignment in Nagamese”. Asian Languages and Linguistics 4 (2): 251‑272. doi:10.1075/alal.00014.cou. hdl:10356/178452. 
  • French, Walter T. (1983). Northern Naga: A Tibeto-Burman mesolanguage (Ph.D. thesis). New York: City University of New York.
  • Konnerth, Linda (2018). “The historical phonology of Monsang (Northwestern South-Central/“Kuki-Chin”): A case of reduction in phonological complexity”. Himalayan Linguistics 17 (1): 19–49. doi:10.5070/H917134878. ISSN 1544-7502. 
  • Marrison, Geoffrey Edward (1967). The classification of the Naga languages of north-east India (PhD thesis). SOAS, University of London.
  • Mills, James Philip (1926). The Ao Nagas. London: MacMillan 


関連項目

外部リンク




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