チューダー版
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「大地の歌 (バレエ)」の記事における「チューダー版」の解説
バレエ・シアター(後のアメリカン・バレエ・シアター)の振付家であったアントニー・チューダーは、マーラーの『大地の歌』に合わせたバレエ作品の制作に取りかかった。『大地の歌』は人間という存在のはかなさを表わした往古の中国詩に基づいて書かれた6楽章からなり、チューダーは振付の可能性に挑むものとして長らく興味を寄せていた。チューダーは、「季節のように人間の経験は繰り返し、突然始まるものでも終わるものでもない」と説明している。作品は『Shadow of the Wind』と題して1948年4月14日にニューヨークのメトロポリタン歌劇場で初演された。美術・衣装・照明はジョー・ミールジナーであった。ダンサーは、第1楽章にイーゴリ・ユースケヴィッチ、ヒュー・ラング、ディミトリ・ロマノフ、第2楽章にアリシア・アロンソ、ジョン・クリザ、メアリー・バー、第3楽章にルース・アン・ケサンとクランドル・ディール、第4楽章にダイアナ・アダムズとザカリー・ソロフ、第5楽章にヒュー・ラング、第6楽章にナナ・ゴールドナー、ヒュー・ラング、ディミトリ・ロマノフを宛てた。中国風を擬した流れるような精巧な衣装と、東洋的な姿勢を模したダンサーを写したカール・ヴァン・ヴェクテンによる写真が残されている。 しかしこの作品は成功せず、マスコミからも肯定的な反応はほとんどなかった。ジョン・マーティンは『ニューヨーク・タイムズ』で「ドイツ的厭世観といにしえの中国の古典的快楽主義の組み合わせに、チューダーはことさらに伝統的なバレエの格式張ったフォーメーションを付け加えた」と酷評している。公演は3回しか行われず、最後の公演は客席の24%しか埋まらなかった。
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