カルガリー時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/01 07:51 UTC 版)
ハート・ファミリーの総帥スチュ・ハートの六男として生まれる。高校時代はレスリングで活躍し、卒業後はハート家の地下に設置されている「ハート・ダンジョン」でミスター・サクラダ、ミスター・ヒトのコーチを受け、1976年にプロレスラーとしてデビュー。 地元カルガリーで父スチュが主宰するスタンピード・レスリングを主戦場に、1978年10月14日にはノーマン・フレデリック・チャールズ3世を破り英連邦ジュニアヘビー級王座を獲得、ダイナマイト・キッドともタイトルを争った。1980年5月にはレオ・バークからフラッグシップ・タイトルの北米ヘビー級王座を奪取。以降、デビッド・シュルツ、バッドニュース・アレン、アーチー・ゴルディーらを抗争相手に、1983年にかけて同王座を通算6回獲得した。1982年7月9日には、カルガリーに遠征してきたニック・ボックウィンクルのAWA世界ヘビー級王座に挑戦している。 この間、1980年6月に新日本プロレスに初来日。以降もジュニアヘビー級の外国人レスラーとして新日本に度々参戦し、藤波辰巳、木村健吾、初代タイガーマスクらの保持するジュニアヘビー級王座に挑戦した。当時の日本では、「カナディアン・ロッキーの新星」なる異名が付けられていた。
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