エルヴィン・ヘンシェル
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「ハンス=ウルリッヒ・ルーデル」の記事における「エルヴィン・ヘンシェル」の解説
エルヴィン・ヘンシェル(Erwin Hentschel)はシャルノヴスキーの後任の機銃手。1917年10月29日生まれ。ドイツ・フェクラブルック郡・ニーダータールハイム出身。最終出撃回数も1,480回を記録しており(この数字は、地上攻撃搭乗員ではルーデルの次に多い出撃回数である)、ルーデルとの付き合いは最も長い。後部機銃でソ連軍の戦闘機を撃墜、騎士鉄十字章を受章するなど、卓越した腕前でルーデルからの信頼が篤く、現存するヘンシェルとルーデルの写真からもその関係がわかる。1944年3月20日、ヤンポール橋の破壊の際に攻撃を受けて不時着した新米の僚機乗員2人を救出するために着陸し、ルーデル機に載せて離陸しようとしたものの車輪が泥にはまったため機体を捨てて4人で逃走。氷点下に近い水温のドニエストル川を泳いでの横断中に体力が持たずに沈み、ルーデルの救出も虚しくヘンシェルは溺死し、ルーデルは彼の死に大変なショックを受けた。26歳没。最終階級は兵長。
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