イクチオサウルスの復元
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/12/05 23:32 UTC 版)
「トマス・ホーキンス」の記事における「イクチオサウルスの復元」の解説
1832年の7月、メアリー・アニングがライム・リージスで巨大なイクチオサウルスの頭骨を発見した日、たまたまホーキンスも現地に来ており、アニングからその化石を買い取った。それからアニングにその発見場所である崖のふもとを見せてもらったところ、ホーキンスはまだ全体の骨格が埋れているはずだと直感した。果たしてイクチオサウルスの残りの骨も発見され(19歳年上で化石採掘の経験が豊富なアニングはこれ以上化石は出てこないと確信していたが、22歳の駆け出しの化石マニアの直感が一枚上手だったことになる)、ホーキンスは地元グラストンベリに持ち帰って全身復元を行った。この巨大イクチオサウルスの骨格は後に博物館への売却の際に議会を巻き込む論争を呼び起こす(下記「過度な修復」参照)。 1833年の夏、ホーキンスはライム・リージスで海水の浸食を受けていたイクチオサウルスの化石を引き潮のタイミングを見て採掘し、所有権のある地元の労働者から買い取った。ホーキンスはこの化石にIchthyosauus chiroparamekostinus (楕円の手の骨をもったイクチオサウルスの意)と名付けたが、この種はすでにIchthyosaurus communisという名称があったため、学術的な採用はされなかった。 この化石は現在ロンドン自然史博物館に展示されている。
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