『野いちご』と最晩年
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/08/03 17:00 UTC 版)
「ヴィクトル・シェストレム」の記事における「『野いちご』と最晩年」の解説
1957年にシェストレムは、彼を敬愛する映画監督イングマール・ベルイマンの要請を受けて、ベルイマン監督作品の『野いちご』で主人公である老イサク教授を演じることになる。当時のシェストレムは78歳と高齢で健康に優れず、撮影中に台詞を忘れることもしばしばだった。撮影監督のグンナール・フィッシェルによれば、屋外での撮影が予定されていた幾つかのシーンが、シェストレムの健康を考慮して屋内での撮影に変更されたという。また、撮影中のシェストレムは非常に気難しく、監督であるベルイマンの演出に不平をこぼすことも少なくなかった。 撮影時には多くの困難が伴ったものの、完成後『野いちご』は批評家たちから絶賛を浴びた。特に主人公役であるシェストレムの演技は素晴らしく、監督のベルイマンが後に、『野いちご』は彼自身の映画ではなく、シェストレムのものだと語るほどであった。シェストレムは本作品で、ベルリン国際映画祭国際批評家連盟賞とナショナル・ボード・オブ・レビュー賞主演男優賞を受賞した。しかし撮影の激務のためか、シェストレムの健康状況は著しく悪化し、映画の公開とほぼ時を同じくして心臓病で入院することになってしまう。一度は退院したものの、1959年12月に再入院を余儀なくされたシェストレムは、その三週間後の1960年1月3日に80歳で死去。シェストレムの遺体は、数多くの著名人が眠っていることで知られるストックホルム郊外の「北の墓地」(原語:Norra begravningsplatsen)に埋葬された。
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