『覚醒工房』への移行
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/18 00:27 UTC 版)
「レコードを売る・ライヴに動員する」という形と結びつきにくい実験系、音響系、ノイズ系アーティストの作品を海外へ発信する目的で、1984年にコンピレーション・アルバム『א』が企画され、コンピレーション用のサブ・レーベルとして「覚醒工房」が発足した。以降は、日本のアーティストを海外へ、海外のアーティストを日本へ紹介することを目的として、数多くのコンピレーション作品を企画・制作。レーベル名も「覚醒工房」に改められた。これらのコンピレーション作品にはデータとアートワークからなるブックレットが添えられた。 また「覚醒工房」は主催者の音楽ユニットとしても活動し、発表されたいくつかのコンピレーション・アルバムには「覚醒工房」による作品も収録されているが、ファックスを利用して画像出力できたり、ワープロを利用して文書出力できたりする実験的なインダストリアル・ノイズ・ミュージックを発表している。 1986年以降は、ビデオアート作品集『ヴィデオ・アレフ』、アーティスト・ブックなど、音楽以外の作品発表が多くなり、1987年のコンピレーション作品『ミラーズ・オン・ザ・ランディング』を最後に音楽作品は発表していない。
※この「『覚醒工房』への移行」の解説は、「覚醒工房」の解説の一部です。
「『覚醒工房』への移行」を含む「覚醒工房」の記事については、「覚醒工房」の概要を参照ください。
- 『覚醒工房』への移行のページへのリンク