『犯罪科学』とその周辺
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「エログロナンセンス」の記事における「『犯罪科学』とその周辺」の解説
明治43年(1910年)に発生した千里眼事件によって、精神分析学者の福来友吉が東京帝国大学から失脚するとともに、福来の研究分野であった変態心理学や精神病理学などの臨床心理学は正統なアカデミズムの中心から外れ、その研究の中心は民間学者の手に移った。20世紀初頭にフロイトの精神分析学が日本に紹介されるとフロイトブームとも言える社会現象が起き、フロイトの説いた無意識の科学は尖端的な道具として一般に広く援用された。1926年に学術誌『変態心理』が廃刊になると、それと入れ替わるようにエログロ色の強い会員制同人誌『変態・資料』が創刊される。1930年には犯罪心理学を建前とした猟奇雑誌『犯罪科学』(武侠社)が創刊され、1932年まで続刊した。主幹の田中直樹はその後も後継誌『犯罪公論』(文化公論社)を発刊し、エログロ雑誌界を風靡した。
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