「サパ・夜明けのセンター」の設立
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「ジャネット・マクラウド」の記事における「「サパ・夜明けのセンター」の設立」の解説
1985年、夫のドンが癌で死去。ジャネットはそれまでにも儀式と伝統学習の場としていた自宅周囲の土地40,470 ㎡を、「サパ・夜明けのセンター」(「サパ」は「祖父」という意味)と名付け、「路上や保留地での暮らしから逃れたインディアン児童のための静かな隠れ家」としてティーピー村を作り、園芸、食料保存、伝統式典、祈り、芸術、部族伝統の籠作り、自然の中での自給の知恵を体験学習する場とした。以後、これまでに数百人の子供たちがこの「サパ・夜明けのセンター」を訪れ、ジャネットの死後もその運営が続けられている。 この年、インディアン、エスキモー、太平洋諸島民など、「アメリカ先住民」の次世代後援のため「原住民女性のネットワーク」(IWN)を結成。 2001年、ワシントン州ニスクォーリー・インディアン保留地の「北西インディアン大学」に招かれ、講師を務める。
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