「キーセン観光」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/31 07:56 UTC 版)
日本が復興し、海外旅行が再開されると、日本からの観光客に対しても、国営妓生が使われた。1990年代まで、キーセン旅行と呼ばれるほど韓国旅行が風俗旅行と同等の意味を持っていたのはこのためである。交通公社や近畿日本ツーリストの旅行では、羽田発二泊三日で35,000円位、「妓生」と見合いの後、夕食が終わるとホテルに「妓生」が来た。夜の街に出たり、部屋で駄弁ったりして、翌朝まで一緒にいて、30,000円を要求された。 夜の町に一人で出ると、屈強な男性(人は警察官という)が尾行してきた。おかげで、安心して横町の屋台などで、ソウルの夜が楽しめた。生きたまま刻んだタコを食べたり、直ぐにできるオーダーメイドのシャツを買ったりして、ホテルに戻ってベッドに入るとボーイがドアをノックして来た。「お一人ですか?お寂しくないですか?」ドアーの上の回転窓には、当時日本ではやったジーンズのジャンパーなど羽織った2人位の女性がボーイの後ろで、壁に体を寄せて控えている。 深夜2時過ぎまで、何度もボーイのノックがあった。ボーイにも歩合が入るようであった。業者は、「妓生」とは言わず、「姫様」と呼んでいた。
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