著作権表示 著作権表示の意義

著作権表示

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/17 01:54 UTC 版)

著作権表示の意義

ベルヌ条約加盟国

著作権の発生要件としての要否

著作権表示は、国内での著作権保護に対しては、本国が方式主義か無方式主義か、相手国が方式主義か無方式主義かに関わらず、不要である。必要なのは、万国著作権条約に加盟している無方式主義国の著作物が、方式主義の国で著作権保護を受けたい場合である。

かつてはアメリカ合衆国や一部の中南米諸国が方式主義の万国著作権条約加盟国であり、著作権表示はそれらの国で著作権保護を受けるために必要であった。しかし、アメリカは1988年10月31日に著作権法を改正して無方式主義に切り替え、1989年3月1日に改正が発行し同日にベルヌ条約に加盟した。中南米諸国もまもなくそれに倣った。その後は、方式主義のサウジアラビア1994年7月13日に万国著作権条約に加盟したが、2004年3月11日にはベルヌ条約にも加盟した。

現在では、ほとんどの国はベルヌ条約加盟国(したがって無方式主義)である[9]。わずかな非加盟国もほとんどは、そもそも万国著作権条約にも加盟しておらず、著作権表示は(著作権が認められるか認められないかはともかく)意味がない。なお、双方に非加盟の国(地域)として台湾が有名だが、TRIPS協定加盟国なのでベルヌ条約相当の条約義務を負っている。

万国著作権条約に定める著作権表示が著作権の発生要件として有効な国があるとすれば、

  • 方式主義(したがってベルヌ条約に非加盟)で、かつ、次のいずれかである。
    • 万国著作権条約加盟国。
    • 万国著作権条約にも非加盟だが、万国著作権条約とは無関係に著作権表示を認めている国。

2017年現在、ベルヌ条約に非加盟で万国著作権条約のみを締結している国はカンボジアだけとなっている[10][9]。しかし、カンボジアもベルヌ条約自体は締結していないものの2004年のWTO加盟によりTRIPS協定9条1項の適用を受けることとなり、ベルヌ条約の1条から21条の条項及び附属書の遵守義務を負ったため実質的に無方式主義に転換している[6]

副次的な目的

以上のように著作権の発生要件として無方式主義が一般化したため、著作権表示は本来の目的とは異なる次のような副次的目的が主となっている。

  • 著作者が氏名表示権を行使できる。
  • 著作物の利用者が、著作権消滅の時期や、利用許諾を得るための連絡先を知ることができる。
  • 善意の著作権侵害を予防できる(後述)。

もちろん、著作権表示は著作権という財産権の帰属主体を示しているので、必要がないからといって事実と異なる表示をすると違法行為となる可能性がある。

その他の法的効果

著作権表示は条約上の著作権の発生要件とは別に国内法上一定の効果を生じる場合がある。例えばアメリカの1988年の改正著作権法は善意の侵害者 (innocent infrigers)の法理を定める。善意の侵害者 (innocent infrigers)とは、著作権の存在を知らずパブリックドメインと信じた者は損害賠償責任を免れるという法理である(ただし利益は返還を要求されることがある)[6]。しかし、著作権表示が著作物に明確に表示されていれば原則として善意の侵害の法理が適用される場合には当たらないとされている[6]

(参考)方式主義と無方式主義

著作権の発生要件については方式主義と無方式主義の二つの法制が存在する。

方式主義
著作権の発生要件について、登録、納入、著作権表示など一定の方式を備えることを要件とする法制をいう[11]
無方式主義
著作物が創作された時点で何ら方式を必要とせず著作権の発生を認める法制をいう[12]

18世紀から19世紀にかけて著作権を法律で保護する国が増えたものの、19世紀半ばになっても著作権の保護の法律を持たない国もありイギリスやフランスなどの作家の書いた作品が複製による被害をこうむっていた[13]。各国は相互主義のもと互いに相手方国民の著作権を保護する二国間条約を締結して解決を図ろうとした[14]。しかし、二国間条約では締約国以外には効力が及ばず、各国は法律で登録などの著作権保護要件を定めていたため現実に著作権を取得することは難しく実効性に乏しいものだった[15]。そこでスイス政府などの主導のもと1886年にベルヌ条約(文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約)が締結された[16]

ベルヌ条約の適用については1908年のベルリンでの改正条約によって無方式主義が採用された[17]。ベルヌ条約は内国民待遇を定めているため、加盟国は他の加盟国の著作物も、自国の著作物同様に無方式主義で保護しなければならない。

一方、アメリカ合衆国や中南米諸国などのいくつかの国は方式主義を採り、ブエノスアイレス条約を締結して加盟国間で方式主義による著作権の保護を行っていた[11]

こうして、著作権の国際的な保護について世界に二つの陣営が並立し国際的な著作権の保護に支障を来していた。そこで1952年万国著作権条約が締結され、無方式主義を採る国における著作物が方式主義を採る国でも著作権保護を得ることができるよう、氏名と最初の発行年、©のマークの3つを著作権表示として明示すれば自動的に著作権の保護を受けることができるとした[6]。万国著作権条約3条1項により、加盟国間ならば、無方式主義国で作られた著作物は方式主義国内では著作権表示が方式とみなされ、著作権表示があれば保護されるようになった。また、万国著作権条約は内国民待遇を定めているので、方式主義国で作られた著作物が無方式主義国で保護を受けるには著作権表示は必要なく、加盟国間ならば自国の著作物同様に無方式主義に基づき保護されることとなった。

なお、ベルヌ条約と万国著作権条約の双方に加盟している場合には万国著作権条約17条によりベルヌ条約が優先する[18]。1979年にアメリカ合衆国がベルヌ条約に加盟したのち、グアテマラなどの中南米諸国も次々とベルヌ条約に加盟するなど各国で無方式主義への転換が進んだ[10]。 2019年時点では、ベルヌ条約を締結せず、万国著作権条約のみを締結している国はカンボジアだけとなっている[10][19][20]。ただし、カンボジアは2004年にWTOに加盟しており、知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)9条1項の規定により、無方式主義を定めたベルヌ条約5条の遵守義務を負っており、実質的に無方式主義に移行している[6]


  1. ^ 発行年と著作権者名の表示の順番は入れ替えても良い、ということ。
  2. ^ インクや紙や活字の状態など様々なことが原因で印刷の質が低下したり表示の活字のサイズが小さい場合、©マークが潰れてしまって、ただの「・」(テン)になってしまうことがあるため。また印刷がうまくできても、近視・老視その他のことが原因で視力が良好ではない人々(世の中のかなりの割合の人々)にとっては、©マークはかなり認識しづらい小さな記号でありしばしば「・」に見えるため。つまり「・2017 John Smith」などと見えてしまい、これでは見る人々に著作権表示とは理解してもらえないため。
  3. ^ 原文の英語で、strongly recommendedと表現されている。
  4. ^ 著作権を侵害する複製物が世の中に出回っても、通常、複製物には著作権侵害した人物の名はわざわざ表記されていないので、誰がその複製を作成したのか つきとめるのは大抵は困難であり、提訴することも困難である。仮に、運良く複製物を作成したと思われる人物をつきとめられた場合でも、その人物を被告として提訴して裁判を(数ヶ月や数年かけて)行っている間に、別の誰かがすでに世の中に散布されてしまった(著作権表示の無い)複製物を見て、また複製物が作成されて配布されてしまうという望ましくないことが起きがちで、あらたな(人物によって行われたと推定される)複製物を見つけるたびに疑わしき人物を探しては個別に提訴するという「いたちごっこ」の泥沼状態に陥り、著作権者は際限なく提訴を繰り返すことができるわけもなく、複製の連鎖を止められなくなるため。また、あるひとつの裁判で裁判官がたとえどのような判決を下しても、それは個別の被疑者に対する個別の判決であって、次々と新たに現れる当該作品の複製物作成者を止めることができない、たとえ裁判官がどのように判決文を書いても現実世界を止められない、という事態に陥るからである。一方、作品に著作権表示をすると、人々に対して、作者はこの作品については勝手に複製物が作られることを明らかに望んでいない、と気づかせることができ、広く世の人々に対して心理的なブレーキをかけて複製物の作成を抑制することができるのである。
  5. ^ もちろん、最初から自分の作品の著作権を護る気がまったく無いような人は、著作権表示をしなくてもよい。著作権表示の使用は、「義務」ではなく、「任意」なのである。ちょうど、玄関のドアに錠前を設置し施錠することは「義務」ではなく「任意」であるが、一般に、施錠することが(警察などによって)強く勧められ、ほとんどの人々が通常は施錠するが、一方で、空き巣や こそ泥 や強盗などに入ってもらってかまわないと考えている人の場合は施錠しない自由もある、というのと同様の論理構造になっている。
  6. ^ 実際、作品を公表した著作者には、そのような問い合わせがそれなりの頻度で来るものである。
  7. ^ また著作権表示をしておかないと、使用許可を求める人や著作権料を払って作品を使いたい人があてずっぽうに著作権者を探した結果、誤って、本当の著作権者ではない人に連絡をとってしまい、その者が真の著作権者のようなフリをしてお金を詐取してしまうということも起きる(現実世界では実際、その種の詐欺事件が、ときどき起きる)。
  8. ^ むしろ、著作権表示に関しては、いちいち許可を求めてはいけない。そんなことをしたら当局の人々は対応事務に追われ、迷惑する。
  1. ^ a b c d e f g h United States Copyright Office, "Copyright Notice"(アメリカ合衆国著作権局「著作権表示」)p.1
  2. ^ a b UK Intellectual Property Office, "Using Copyright Notices" イギリス著作権局「著作権表示の使用」
  3. ^ a b c d e f g United States Copyright Office, "Copyright Notice" pp.3-4 "Advantages to Using a Copyright Notice"(アメリカ合衆国著作権局「著作権表示」。「著作権表示を使用することの利点」の節)
  4. ^ Use of the notice informs the public that a work is protected by copyright, identifies the copyright owner, and shows the year of first publication. Furthermore, in the event that a work is infringed, if the work carries a proper notice, the court will not give any weight to a defendant's use of an innocent infringement defense—that is, to a claim that the defendant did not realize that the work was protected. An innocent infringement defense can result in a reduction in damages that the copyright owner would otherwise receive.
  5. ^ 日本弁理士会 関西会「著作権表示」
  6. ^ a b c d e f 安藤和宏 2018, p. 172.
  7. ^ 許諾を得ないレコードの複製からのレコード製作者の保護に関する条約(日本語)
  8. ^ ブエノスアイレス条約原文(英語)
  9. ^ a b 文化庁『著作権法入門 2015-2016』著作権情報センター、2015年10月、72頁。ISBN 978-4-88526-081-0 
  10. ^ a b c 安藤和宏 2018, p. 174.
  11. ^ a b 安藤和宏 2018, p. 171.
  12. ^ 安藤和宏 2018, p. 170.
  13. ^ 安藤和宏 2018, p. 169.
  14. ^ 半田正夫 & 紋谷暢男 1989, p. 300.
  15. ^ 半田正夫 & 紋谷暢男 1989, p. 300-301.
  16. ^ 半田正夫 & 紋谷暢男 1989, p. 301.
  17. ^ 半田正夫 & 紋谷暢男 1989, p. 302.
  18. ^ 安藤和宏 2018, p. 173.
  19. ^ WIPO-Administered Treaties WIPO Bodies > Assembly (Berne Union)
  20. ^ 大阪高等裁判所判決 2007年10月02日 、平成19(ネ)713、『著作権に基づく差止請求権不存在確認請求控訴事件,同附帯控訴事件』。


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