紡糸 紡糸直結型不織布

紡糸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/21 14:04 UTC 版)

紡糸直結型不織布

紡出される長繊維を、ボビンの巻取りに代えて連続的に不織布にしたものである。短繊維を高圧水流で絡ませるスパンレース法に対し、この製造法は「スパンボンド法」とも呼ばれる[40]。主にポリエステル、ポリプロピレン、ナイロンなどを溶融紡糸し、エアジェットあるいはロールで延伸してネットコンベア上に捕集し、熱ロールで圧着したものが主力である。医療・衛生資材、土木・建築資材など幅広い用途で使用される。湿式紡糸によるキュプラの不織布も生産されており、医療用のほかティーバッグなどにも利用される[41]

生物紡糸

1883年、イングランドの化学者ジョゼフ・スワンニトロセルロースから人造繊維を作ることに成功。翌年、フランスのイレール・ド・シャルドネ英語版により工業化され、繊維工業としての紡糸の歴史が始まった[42]。そのはるか以前から、紡糸は自然界においても行われている。

節足動物の中には繊維を形成する種があり、これらを紡糸生物という[43]。なかでも、カイコによるクモの網は良く知られている。カイコの幼虫の体内には絹が形成される左右一対の絹糸腺があり、後部糸腺ではタンパク質を主成分とするフィブロイン、中部糸腺では同じくタンパク質を主成分としたセリシンが合成され腺腔内に分泌される。フィブロインは中部糸腺に流入し、セリシンに包まれ前部糸腺に移動する[44]。中部糸腺で形成されたゲル状の液状絹は、液晶状態を作り粘度を下げて細長い管を通過させる。このメカニズムは液晶紡糸に相当する。液状絹は前部糸腺前方の紡糸管で繊維化され、紡糸管中の共通部と呼ばれる器官で左右の絹糸腺の液状絹が1本に合わさる。これは複合紡糸に相当する[43]

を形成する段階において、75〜86%ほどの水分を含む液状絹で吐糸口[注釈 5]を満たし、接着剤の役割を持つセリシンで適切な場所に付着させ、カイコ自身の頭部のアラビア数字の「8」の字を描くような動き[45]で糸を引き出して繭を作る[44]。カイコの体外に出た繊維からは水分が蒸発する。これは乾式紡糸と共通する[43]。カイコの糸は微細なフィブリルが集まって、三角形に近い断面を持つフィブロインを形成する。左右の絹糸腺から1本ずつ、2本のフィブロインが並列してセリシンに包まれて吐糸口から出てくるが、絹糸として利用されるのはフィブロインのみであり、セリシンはマルセル石鹸英語版炭酸ナトリウムなどのアルカリで除去される。この工程を精練という[46][注釈 6]。繭の繊維中、フィブロインは70〜80%、セリシンは20〜30%%、無機物0.7%と微量のワックスや色素が含まれるが、無機物のうちカルシウムイオンとカリウムイオンはカイコ体内での液状絹の粘度調整に重要な役割を果たす[43]

カイコの紡糸速度は毎秒約1cmで、合成繊維の高速紡糸に比べるとあまりにも緩やかであるが[注釈 7]、延伸や熱処理の過程も、化石燃料も必要とせず、タンパク質を原料として常温常圧下で優れた繊維を作り出す[44]。6000年以上前の中国の遺跡から絹を使用した衣料の痕跡が発見されたように[47]、古来より人類は絹を利用し、渇望し、模倣を目指してきた[48]。人為的な繊維の開発において、カイコを師とし絹を手本としたことは、ジョゼフ・スワンによる初めての人造繊維に「Artificial Silk(人工の絹)[42]」と名付けられたことがその証左である。今日まで人類の手によって優れた性質を持つさまざまな化学繊維や合成繊維が開発されてきたが、いまだ絹の完全な模倣には至っていない[49]

脚注

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注釈

  1. ^ 時速に換算すると約840km/h、ジェット旅客機巡航速度に匹敵する。
  2. ^ ポリエチレンなど屈曲した分子構造を持つ高分子に対し、屈曲性を持たないひも状の分子構造[30]
  3. ^ ポリ(パラ-フェニレンベンゾビスチアゾール)。耐熱性、耐放射線性に優れた化学繊維。強酸のポリリン酸メタンスルホン酸を用いて液晶紡糸する[33]
  4. ^ のちの三菱レイヨン、2017年より三菱ケミカル
  5. ^ 摂食に用いるとは別の器官である。吐き出す力ではなく運動により糸を作り出している(牽引紡糸)ことから、「紡糸口」とも呼ぶ[43]
  6. ^ セリシンはヒトの角質層と共通する[45]アスパラギン酸グリシンセリントレオニンなどを豊富に含み、スキンケア商品などに利用される。
  7. ^ 絹糸腺の直径の変形率に目を転じると、合成繊維に引けを取らない高速で紡糸を行っていることが分かる[43]

出典

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