圧縮比
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/08 06:30 UTC 版)
エンジン形式別の代表的な圧縮比
ガソリンエンジン(自然吸気仕様)
通常、複雑で高度な電子制御機構を持たないごく普通の自然吸気ガソリンエンジンの場合には、デトネーションを防ぐために圧縮比が 10:1 よりも高い数値となることは少ない。アメリカにおいては1955年から1972年にかけて、一部の超高性能エンジンを搭載した市販特別仕様車では 13:1 などの極めて高い圧縮比を持つものも現れたが、安全のために高濃度のテトラエチル鉛を大量に添加した専用有鉛ハイオクガソリンを使用することが絶対条件であった。ジャガーは1981年に 14:1 というガソリンエンジンでは限界に近い高圧縮比のエンジンを登場させたが、ほどなく 12.5:1 まで圧縮比を落としている。
ノッキングの開始を防ぐのに使用されるエンジン制御としては、吸気ポートが混合気を燃焼室に供給する際に何らかの機構を用いてスワール(横渦流)やタンブル(縦渦流)を意図的に発生させることが挙げられる。また、噴射された燃料がシリンダー内で気化熱を吸収することで温度を下げる直噴を、ノッキング対策として採用する例も増加している。近年の高度に電子制御された可変バルブ機構やノックセンサーを含めた点火時期制御が行われているエンジンでは、87オクタンのレギュラーガソリンでも 11:1 を超える高い圧縮比の実現が可能となっている。
このような高度な技術が使われているエンジンの中には、2005年式BMW・K1200Sのように 13:1 という高圧縮比を持つものも存在する。近年ではマツダが、2010年にSKYACTIV-Gという名称で圧縮比 14:1 のエンジンを発表し、2011年以降複数モデルの市販車に搭載している。2019年には次世代SKYACTIVとして圧縮比15.0:1(欧州仕様は16.3:1)のSKYACTIV-Xが発表され、MAZDA3に搭載された。
ただし近年増えているミラーサイクルエンジンの類では高膨張比を目的に見かけ上の圧縮比を高めており、諸元上の圧縮比の数値に較べて有効圧縮比がかなり低い。このため諸元上で圧縮比を比較する場合は注意を要する。
ガソリンエンジン(過給機仕様)
ターボチャージャーやスーパーチャージャーを搭載したエンジンでは、圧縮比は 9:1 以下とされることが一般的である。この場合、自然吸気仕様エンジンとシリンダーヘッドを共用するものにおいては、ピストンヘッドに大きなへこみを設けることで圧縮比を下げることが多い[3]。
1980年代のターボエンジンでは 7:1 等の低い圧縮比を持つものも珍しくはなかった。このようなエンジンは総じて大きめのターボチャージャーに0.5 - 1.0 kgf/cm2 程度の高めの最大過給圧が設定されており、いわゆるドッカンターボと呼ばれるフィーリングを持っていたが、近年のターボエンジンでは 9:1 前後の圧縮比で非過給領域の効率を上げ、小さめのターボチャージャーで0.3 - 0.5 kgf/cm2 程度の最大過給圧としてレスポンスの低下を抑えるマイルドチャージと呼ばれるセッティングが主流となっている。
近年のダウンサイジングエンジンでは直噴と過給器の組み合わせがセオリーとなっている。直噴により圧縮比をあげられるため圧縮比は 10:1 前後のものも出てきている。
ガソリンエンジン(レース仕様)
ワークス・チームなどで用いられるレース用オートバイやF1等に搭載される、純然たるレース専用エンジンにおいては、14:1 以上という極めて高い圧縮比が用いられることも珍しくはない。使用されるガソリンもレース専用の超高オクタンのスペシャルガソリンを用いることが前提とされる。
プライベーター向けに市販されるレース用オートバイでは、86 - 90オクタン前後のガソリンが使用されることも考慮して、12:1 前後の圧縮比とされることが一般的である。
なお、インディカーやチャンプカーのように燃料にメタノールやエタノールを用いるエンジンでは圧縮比が 15:1 に達する。
ターボ時代のF1では、当時最高峰の性能を誇っていたホンダ製V6ターボエンジンでも1983年のRA163Eで 9.4:1 、1985年から1986年に掛けて使用されたRA167Eでも 7.4:1 から 8.4:1 前後であった。しかしこの様な圧縮比であっても過給圧は4バール(約4 kgf/cm2)を超え、最高出力は600馬力から1500馬力以上。使用されるガソリンにはノッキングを防ぐために大量のトルエンが添加されているという途方もない代物であり、市販車両のターボエンジンとは比較対象にならないものであった。
LPG/CNGエンジン
タクシーや商用車で用いられるLPGやCNG仕様エンジンでは、一般的に同系列のガソリンエンジンよりも高い圧縮比が用いられることが多い。これはLPGやCNGの耐ノッキング性能がガソリンよりも優れているためである。
2ストロークエンジン
2ストロークエンジンはその特性上[4]4ストロークエンジンと比較して圧縮比は低めに抑えられる傾向がある。
市販車両でもレーサーレプリカのカテゴリーに属するホンダ・NSR250Rでも 7.4:1 という圧縮比であり、特別な排気デバイスなどを持たない2ストロークエンジンは 7:1 から 6:1 程度の圧縮比に抑えられることが一般的であった。
近年ではユーロ3規制などの厳しい排ガス規制に対応するために、排気ポート形状を変更するなどして 12:1 等の4ストロークエンジン並みの高い圧縮比を持つ車両[5]も登場してきたが、これにより2ストロークならではの高回転まで伸びるフィーリングや最高出力は大きくスポイルされてしまっている。
ディーゼルエンジン
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点火プラグを用いない圧縮点火機関であるディーゼルエンジンは圧縮上死点にて燃焼室に噴射ポンプを用いて直接燃料を噴射し、圧縮によって得られる高温によって着火させるため、ガソリンエンジンの限界とされる圧縮比 14:1 を大きく超えることが普通である。
ディーゼルエンジンの適切な圧縮比は燃料噴射方式とシリンダーヘッドの副燃焼室形状、ピストンキャビティ(主燃焼室)形状などに依存するため、旧式の副燃焼室式エンジンでも 20:1~22:1 前後、コモンレール式登場以前の直接噴射式エンジンでは 18:1 から 20:1 前後の圧縮比が採用されることが一般的であった。ターボエンジンでも、ガソリンエンジンと違い、過早着火の心配がないため、圧縮比を下げる必要がなく、高圧過給による熱効率の向上が可能である(ただし構造物の強度上の過給圧の限界はある)。
ただし、現在ではエンジン自体の軽量化や排気ガス性能の向上のため、圧縮比を下げる傾向がある。マツダのSKYACTIV-Dには圧縮比 14:1 のものも存在する。
- ^ Encyclopedia Britannica, Compression ratio 2009年7月21日閲覧。
- ^ なお、この例ではヘッドガスケットの厚さなどのクレビスボリュームは考慮していないので注意されたい。
- ^ このような手法を採ることで、燃焼室形状自体には手を付けることなく圧縮比を調整することが可能となるため、チューニングでピストンを交換する際には交換前後のピストンヘッド側のへこみの容積の把握も重要となる。
- ^ 4ストロークエンジンはピストン下死点で既に吸排気バルブが閉じており、この状態での容積を総排気量として圧縮比の計算を行えるが、2ストロークエンジンの場合はピストンが下死点から上昇しても吸排気ポートが開いている関係上ポートから圧縮圧力が逃げてしまう。そのため排気ポートが完全に閉じるポートタイミングを基点に総排気量を決定する必要があるので、2ストロークは同じボア×ストロークのシリンダーでも実質的な総排気量が低下してしまう=計算で算出される圧縮比も低下してしまうのである。
- ^ ヤマハ・DT50の国内仕様及び現行欧州仕様の諸元比較
- ^ プラグによる簡単な圧縮比UP
- ^ Saab Variable Compression engine Archived 2005年3月11日, at the Wayback Machine.
- 1 圧縮比とは
- 2 圧縮比の概要
- 3 エンジン形式別の代表的な圧縮比
- 4 圧縮圧力の測定によるエンジンの診断
- 5 動的圧縮比
- 6 総合圧力比と圧縮比の関係
- 7 可変圧縮比エンジン
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