ケインズ経済学 歴史

ケインズ経済学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/06 13:00 UTC 版)

歴史

サミュエルソンの理論

ケインズが展開した経済学は、後にアメリカサミュエルソンらにより古典派経済学ミクロ経済学と総合(新古典派総合)され、戦後の自由主義経済圏の経済政策の基盤となりジョン・F・ケネディ政権下での1960年代の黄金の時代を実現した[注釈 9]

ケインズ経済学への批判

しかし、その後のオイルショックに端を発するスタグフレーション(インフレと景気後退の同時進行)、それに続く1970年代の高インフレ発生などの諸問題の一因としての責任を問われることとなった[注釈 10]。とりわけ、原油価格の急激な高騰により発生した供給側のコスト増大に対して有効な解決策を提示・実現することができないものとして、反ケインズ経済学からの批判を浴びることになる。

この批判の中で、ミルトン・フリードマンが唱えたマネタリズム・新自由主義や供給側の改善を主張するサプライサイド経済学、合理的期待形成学派などの諸学派が台頭し、「ケインズは死んだ (Death of Keynes)」とまで言われた。反ケインズの立場からは、軍事費膨張による巨額の双子の赤字を残したレーガノミクスやマネタリストの功績が説かれた。

だが、「格差社会の到来」や「一部の富裕層による富の独占」で、フリードマンらの新自由主義の致命的な欠陥が明らかになった[26]。ポール・クルーグマンやトマ・ピケティがもてはやされるのは、これらの時代状況が背景にある。

現代のケインジアン

戦後のアメリカにおけるサミュエルソンらの新古典派総合(オールド・ケインジアン)は、古典派のミクロ理論を基調としてこれにケインズのマクロ理論を折衷することを企てたものであった[注釈 11]が、後にその理論的な不整合が明らかとなるとルーカスらのニュー・クラシカル(新しい古典派)からの批判を招き、これがマンキューらのニュー・ケインジアンの登場を促すことになった。また、オールド・ケインジアンやニュー・ケインジアンら、アメリカに定着したケインズ経済学を批判して、ポスト・ケインジアン(ポスト・ケインズ派)を名乗る強力な批判者群がいる。

ニュー・ケインジアン経済学

ニュー・ケインジアン経済学(ニュー・ケインズ派経済学)は、ケインズ経済学にミクロ的基礎を与えようとするマクロ経済学の一学派。ケインジアンのマクロ経済学に対する批判(ルーカス批判)に応えようとして生まれてきた。

ポスト・ケインジアン経済学

ヨーロッパを中心として、ケインズの『一般理論』を直接に継承したイギリス・ケンブリッジのジョーン・ロビンソンらの流れを汲むポスト・ケインジアンも傍流として存在している。アメリカにも、デイヴィッドソンクレーゲルなどのポスト・ケインジアンがいる。ラヴォアは、ポスト・ケインジアンは、(1)正統ケインズ派、(2)カレツキ派、(3)スラッファ派の3つの潮流があるとしている[27]

脚注


注釈

  1. ^ ひとたび有効需要の原理を受け入れると消費性向と投資量(貨幣供給量・流動性選好・期待利潤率による)が与えられればそこから国民所得雇用量がマクロ的に決定されることになり、そこでは完全雇用均衡は極限的なケースに過ぎないことになる。
  2. ^ フローのみを考慮した古典派の貨幣数量説に対して、貨幣の価値保蔵(ストック)機能を重視したケインズは、流動性選好説においては資産保有の形態の選択を問題にしている。ケインズによる貨幣数量説の一般化された記述も参照のこと。
  3. ^ この需要は「未来に関するわれわれ自身の予測と慣習(calculations and conventions)に対する不信の程度を示すバロメーター」であり、「古典派理論が、未来(the future)については我々はほとんど知るところがないという事実を捨象することで、現在(the present)を取り扱おうとする可憐で上品な技術の一種」であるとしてケインズは批判している[1]
  4. ^ 不完全雇用は、その原因が貨幣賃金の硬直性に求められることもある。しかし『一般理論』では、このような主張が古典派経済学に属するものとしてケインズ自身によって退けられている。貨幣賃金の引き下げは「社会全体の消費性向に対して、あるいは資本の限界効率表に対して、あるいは利子率に対して影響を及ぼすことによる以外には、雇用を増加させる持続的な傾向をもたない。貨幣賃金の引下げの効果を分析する方法は、貨幣賃金の引下げがこれらの3つの要因に及ぼす効果を追求する以外にはない」とケインズは語っている[2]
  5. ^ 1990年代の長期不況期に宮沢喜一元首相が大蔵大臣・財務大臣として期待されたのは、宮沢がよく知られたケインズ主義者であったからである。
  6. ^ 当時のイギリスで前者を代表していたのは自由党労働党で、ケインズは自由党の支持者であった。後者を代表する保守党には生涯与することがなかった。
  7. ^ ただし活動階級の内部における労働者と企業者の間の対立を問題にすることはなく、企業者と労働者の間の能力の差によるある程度の格差は是認していた。
  8. ^ ケインズはこれをリカード経済学の一般化と捉えていた[24]
  9. ^ ケインズ経済学によれば、当時のように生産資源の遊休が発生している場合には、総需要の増加による総需要曲線の右方シフトは産出量の増加を実現させる。実際には1965年には失業率は4.4%に低下し、1964-66年の実質GDPは平均5.5%を達成した。このときのケネディの減税はケインズ経済学の偉大な成果の一つとみなされることが多い[25]
  10. ^ このときベトナム戦争拡大による超過需要や、オイルショック後の不況への対応策として取られた拡張的な財政金融政策などの有効需要創出が供給力を上回るほど過剰になっているとの指摘がなされた
  11. ^ ヒックスは、彼のIS-LM分析で、ケインズの体系を価格の硬直性を仮定した短期での古典派的な一般均衡モデルの一種と見なすことができると主張した。

出典

  1. ^ Keynes, The General Theory of Employment(1937)
  2. ^ Keynes, The General Theory , p.262.
  3. ^ Keynes, Keynesians, the Long Run, and Fiscal PolicyPaul Krugman, Conscience of a Liberal, May 4th 2013
  4. ^ Blinder, Alan S. (2008). "Keynesian Economics". In David R. Henderson (ed.). Concise Encyclopedia of Economics (2nd ed.). Indianapolis: Library of Economics and Liberty. ISBN 978-0865976658. OCLC 237794267.
  5. ^ Markwell, Donald (2006). John Maynard Keynes and International Relations: Economic Paths to War and Peace. New York: Oxford University Press. ISBN 0-19-829236-8.
  6. ^ Keynes, John Maynard (1936). The General Theory of Employment, Interest and Money. Chapter 19. ケインズ『雇用・利子および貨幣の一般理論』(多種の訳あり)、第19章。
  7. ^ 森下宏美「古典派経済学と恐慌論争-1-リカァドゥとマルサス」『経済学研究』第35巻第3号、北海道大学經濟學部、1986年1月、539-550頁、ISSN 04516265NAID 110004464496 
  8. ^ 森下宏美「古典派経済学と恐慌論争(2)」『経済学研究』第36巻第1号、北海道大学經濟學部、1986年6月、37-48頁、ISSN 04516265NAID 110004464509 
  9. ^ 森下宏美「古典派経済学と恐慌論争(3):リカァドとマルサス」『経済学研究』第36巻第3号、北海道大学經濟學部、1986年12月、299-310頁、ISSN 04516265NAID 110004464519 
  10. ^ 渡会勝義「マルサスとシスモンディ-一般的供給過剰をめぐって―」『経済研究』第44巻第2号、岩波書店、1993年4月、109-119頁、ISSN 0022-9733NAID 110000418691 
  11. ^ Keynes, John Maynard (1924). "The Theory of Money and the Foreign Exchanges". A Tract on Monetary Reform.邦訳『貨幣改革論』
  12. ^ "I Think Keynes Mistitled His Book".(An interview of Larry Summers by Ezra Klein) The Washington Post. 26 July 2011. Retrieved 2011-08-13."
  13. ^ ジョージ・アカロフ, ロバート・シラー(2009)「アニマルスピリット: 人間の心理がマクロ経済を動かす」東洋経済新報社。
  14. ^ a b c 田中英光「ケインズの消費関数理論とその周辺」『琉球大学経済研究』第75号、琉球大学法文学部、2008年3月、57,58(p.19-106)、ISSN 0557580XNAID 120001374508 
  15. ^ 三辺誠夫「「ケインズ小革命」」『生命保険文化研究所所報』第28号、生命保険文化研究所、1974年9月、169-190頁、ISSN 02877481NAID 40002084158 
  16. ^ a b c Keynes, J. M. (1936)"The General Theory of Employment, Interest and Money," University of Missouri-Kansas city.
  17. ^ 早坂忠『ケインズ-文明の可能性を求めて』中央公論社〈中公新書〉、1969年。ISBN 9784121002075 
  18. ^ 浅野栄一『ケインズ一般理論入門』有斐閣〈有斐閣新書〉、1976年。ISBN 9784641087071 
  19. ^ 『私は自由党員か』世界の名著 p.166
  20. ^ 『戦費調達論』世界の名著 p.333
  21. ^ 高橋亀吉『私の実践経済学』東洋経済新報社、1976年。ISBN 9784492390054 
  22. ^ 伊藤光晴『ケインズ-“新しい経済学”の誕生』岩波書店〈岩波新書〉、1962年。ISBN 9784004110729 
  23. ^ Keynes, John Maynard (1926). The End of Laissez-Faire. London: Hogarth Press. ASIN B009XC91WO 
  24. ^ 『自由放任からの脱却』
  25. ^ ジョセフ・E・スティグリッツ『マクロ経済学』
  26. ^ How Did Economists Get It So Wrong? (有償閲覧)
  27. ^ マルク・ラヴォア『ポストケインズ派経済学入門』ナカニシヤ出版、2008年。






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