アメリカザリガニ (お笑いコンビ)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/13 02:26 UTC 版)
メンバー
- 柳原 哲也(やなぎはら てつや、1972年9月1日[2] - )(51歳)
- 大阪府枚方市出身。出生地は滋賀県八日市市(現在の東近江市)。大阪府立長尾高等学校、大阪経済大学卒業。ツッコミ担当。血液型O型[2]。身長170cm、体重78kg[2]。独身(未婚)。衣装の色は赤。
- 出生時は真っ黒で毛むくじゃらで熊のようだったという[4]。
- 小学校に入学するまでは家の周囲が山だらけだったことから、虫を捕まえることに命を懸けていたという[4]。
- 小学校時代は2003年時点とあまり変わらず、声がでかくて元気な子供だったという[4]。留守家庭児童会に入り、小学1年生から4年生までが兄弟のようにして楽しかったという[4]。小学6年生の時は、声がでかく女子とも仲が良く目立つ子供だったことから、無視されたりイジメのようにあったという[4]。この頃から漫画『キャプテン翼』が流行しており、サッカーのとりこになったという[4]。
- 中学時代はサッカー一色で人生はサッカーありきだったことから、サッカーとお笑いとアニメの日々だったという[4]。運動会のリレーで4人抜きをしたり、人気者だったという[4]。
- 高校時代に印象に残っているのは高校3年生の時に応援団長をしていたこと、文化祭の司会もしていた[4]。その時もモテモテで高校3年生がピークだったという[4]。
- 高校卒業後は一浪して勉強しており、大学進学後、サッカーサークルに所属[4]。数学の塾の教師をながら他のアルバイトもしていた[4]。
- お笑いを始めたのは後述のとおり、相方は就職が決まっていたことから誘ったからである[5]。また天職と思ったことから芸人になったという[6]。
- 年に4回オーディションがあったことから松竹芸能に所属したという[6]。
- ハイトーンでハイテンションな突っ込みをする[1]。
- 特徴的なハイトーンボイスを生かして、アニメ、ゲームで声優としても活躍[7]。
- 趣味・特技はアニメ、漫画、ゲーム、サッカー、ゴルフ[2]。
- 理科系で団体競技が得意[3]。
- 好きな芸人、尊敬する芸人は明石家さんま[8]、桂枝雀[6]。
- 本名同じ[2]。「哲也」の名前の由来は母は「彬」という名前にしたかったが、父の名前の音読みから付けられたという[4]。
- 平井 善之(ひらい よしゆき、1973年3月12日[2] - )(51歳)
- 大阪府枚方市出身。出生地は兵庫県宝塚市。大阪府立長尾高等学校、大阪デザイナー専門学校卒業。ボケ担当。血液型A型[2]。身長173cm、体重78kg[2]。独身。衣装の色は青。
- 出生時は2400gぐらいの未熟児だったことから、保育器に入れなければいけなかったが、逃げ出せたという[4]。
- 子供の時は、いつも違うところを見ていたという[4]。カメラの前で踊ったりするのが快感だったという[4]。
- 小学校時代は祖母の田舎に行って、河原のススキを燃やしたり、ソリで遊んで杉の木を3本倒したり、川で溺れて助けられたりしたこともあったという[4]。イノシシを挑発して逃げて遊んでいたという[4]。
- 中学時代は人物とあまり話さなくなり、当時はパソコンとゲームに夢中だったという[4]。パソコンのチャットで知り合った人物とオフ会で出会ったところ、医者、大学院生ばかりでその中で混じっていたという[4]。
- 高校時代はパソコンとゲームは相変わらずで原動機付自転車でゲームセンターに行っていた[4]。当時は「ダルダル」に包まれていたという[4]。「ダルダル打破計画」の第1弾で高校3年生の末期に初めて彼女ができたという[4]。
- 高校卒業後、「ダルダル打破計画」の第2弾でデザインの専門学校に通っていた[4]。当時は自立する必要があり、学費も自分で捻出していたことから、アルバイトをしていた[4]。好きなことをしようとグラフィックだったという[4]。当時は漫画家、アニメーターになろうとしていたという[9]。
- お笑いを目指したきっかけは専門学校卒業の頃、相方に「ええよ」と誘われて、就職の内定を蹴ったという[4]。働く前に「おもしろいからもう少し遊んどこかな」と思って、そのまま続いて職業になったという[5]。それぐらい、自分を表現するお笑いが新鮮だったという[4]。誘われるまでお笑いのことは無知だったことから、芸人になったか、分からないという[10]。お笑い興味がなかったことからお笑い系の番組は『4時ですよーだ』しか知らなかったという[9]。またお笑いをやることは「ダルダル打破計画」の最終段階だったという[4]。
- 偶々募集していたため、松竹芸能に所属したという[11]。
- 2012年12月3日、ゲーム業界をユーザー視点で盛り上げることを目的とし設立された団体・日本ゲームユーザー協会(JGUA) の会長に就任した[12][13]。
- 2007年1月13日に元タレントの江川有未と結婚するも、2016年末に有未から離婚を切り出され、その後僅か1か月でスピード離婚したことを2017年3月28日夜に行われた松竹芸能新宿角座でのライブ後の取材にて明かした。離婚の原因は平井曰く「お互いの趣味の相違」であるという[14]。
- 後述するコンビでのバーチャルYouTuber(VTuber)活動のほか、個人でも「アメザリひらい」としてVTuber活動を行っており、様々なVTuberとのコラボ企画を数多く配信している[15]。
- バリトンボイスで少しやる気の無い感じが味わいとなっているボケである[1]。
- 趣味・特技はアニメ、漫画、ゲーム、IT、VR[2]。
- 文科系で個人競技派[3]。
- 好きな芸人、尊敬する芸人はダウンタウン[8]、高田純次[11]。
- 本名同じ[2]。「善之」の名前の由来は母が、好きな芸能人の名前を付けたという[4]。
注釈
- ^ 柳原がゲスト出演することもある。
- ^ 平井がゲスト出演することもある。
- ^ ニコニコチャンネル「23/7 トゥエンティ スリー セブン 放送局」で配信
- ^ 当初ビッチを平井が、ザクを柳原が演じる予定だったが、収録時に実際のキャラが正反対であることが録音当日に発覚し、役を交換している。
- ^ スタッフロール及び説明書で、平井の名が平井義之と誤表記された。後に本作のホームページで訂正されている。
- ^ 『ストライカーズ』『2012エクストリーム』(2011年)、『GO 2013』(2012年)
- ^ アメリカザリガニがバルタン星人同様ハサミがあるということでのキャスティング。
- ^ 但しパンフレットのクレジットには2人の名が表記されている。
出典
- ^ a b c d e “アメリカザリガニ 講演依頼 プロフィール”. Speakers.jp. タイム. 2023年8月2日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l “アメリカザリガニ |松竹芸能株式会社”. 2023年8月2日閲覧。
- ^ a b c 「旬に聞け 目先にとらわれる暇あれば、おもしろいことを考えたい アメリカザリガニ」『週刊朝日』2000年3月17日号、朝日新聞社、2000年3月17日、47頁。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad 「とことん芸人MOOK本 アメリカザリガニ全解剖!」『お笑いポポロ』Vol.3、麻布台出版社、2003年5月、8-15頁。
- ^ a b 「ニューウェーブお笑い芸人14組をチェック」『FRIDAY DYNAMITE』2003年10月27日増刊号、講談社、2003年10月27日、17頁。
- ^ a b c 松竹芸能・「チクる!」編集スタッフ編集 編『チクる!』河出書房新社、2003年8月26日、51頁。ISBN 978-4-309-26669-5。
- ^ “アメザリ柳原、着ぐるみ姿で子ども番組出演 『おとうさんといっしょ』のシュッシュ役”. オリコン (2013年3月7日). 2023年8月2日閲覧。
- ^ a b c 「アメリカザリガニ」『ポポロ』2002年4月号、麻布台出版社、2002年4月、36頁。
- ^ a b c お笑い芸人調査団編集 編「アメリカザリガニ×エレキコミック」『若手芸人パーフェクトカタログ お笑いBOOK インタビュー&プロフィールで素顔に超接近!』廣済堂出版、2003年5月1日、2-4頁。ISBN 4-331-50966-4。
- ^ 「テレビじゃ観られない "生"のお笑い大研究 アメリカザリガニ」『Hanako』2003年2月12日号、マガジンハウス、2003年2月12日、74頁。
- ^ a b 『チクる!』、50頁
- ^ “アメリカザリガニ平井善之らが“日本ゲームユーザー協会(JGUA)”を設立”. ファミ通.com. KADOKAWA Game Linkage (2012年12月3日). 2023年5月22日閲覧。
- ^ 『日本ゲームユーザー協会(JGUA)設立のお知らせ』(プレスリリース)insprout、2012年12月3日 。2023年5月22日閲覧。
- ^ “アメザリ平井、1カ月で離婚…妻有未は2度目の引退”. nikkansports.com. 日刊スポーツ新聞社 (2017年3月29日). 2023年5月22日閲覧。
- ^ “中田敦彦の失敗、アメリカザリガニ、吉田尚記、タイムマシーン3号らの挑戦から考えるアバターの可能性”. QJWeb クイック・ジャパン ウェブ. とうこう・あい. p. 2 (2021年5月4日). 2023年5月22日閲覧。
- ^ a b c d 「アメリカザリガニ」『ポポロ』2002年10月号、麻布台出版社、2002年10月、73頁。
- ^ 新宿角座#定期ライブ
- ^ “アメリカザリガニの初挑戦 独演会を「ニコ生」配信”. nikkansports.com. 日刊スポーツ (2015年11月11日). 2015年11月12日閲覧。
- ^ ““ジャムる”アメザリに拍手喝采、テンション2倍で「ドライブスルー」”. お笑いナタリー. ナターシャ (2015年11月12日). 2015年12月2日閲覧。
- ^ “お笑いコンビ・アメザリがVTuberに。VR上で漫才ライブを開催!”. MoguLive (2018年10月26日). 2019年1月3日閲覧。
- ^ “大会の歴史”. M-1グランプリ 公式サイト. 2023年12月27日閲覧。
- ^ “『23/7 トゥエンティ スリー セブン』公式生番組が1月11日20時より配信!”. インサイド (イード). (2018年1月11日) 2018年1月18日閲覧。
- ^ 『【フジテレビ】「フジテレビオンデマンド」オリジナル番組『でんぱ組.inc 成瀬瑛美がアゲアゲでマンガを紹介する番組』5月22日(金)11時からフジテレビオンデマンドにて配信開始』(プレスリリース)フジテレビジョン、2015年5月22日 。2023年5月22日閲覧。
- ^ “川島海荷、ゲーム学園に入学!先輩はアメリカザリガニ?”. Smartザテレビジョン. KADOKAWA (2016年3月30日). 2016年4月1日閲覧。/“川島海荷、奥深いゲームの世界へ テレ東で新番組”. オリコン (2016年3月30日). 2016年5月15日閲覧。
- ^ 白黒アンジャッシュのオープニングを作りました。 AMEZARI HIRAI-BLOOOG!! 2015年4月10日閲覧。
- ^ “ボンバーマン ジェッターズ”. メディア芸術データベース. 2022年11月8日閲覧。
- ^ “小林賢太郎が監督、脚本、キャラ原案、アニメ「カラフル忍者いろまき」劇場公開”. お笑いナタリー. (2016年8月30日) 2016年8月30日閲覧。
- ^ “キャラクター”. スーパーボンバーマン R 公式サイト. コナミデジタルエンタテインメント. 2017年2月13日閲覧。
- ^ “エピソード39 皇帝はスナイパー”. 魔進戦隊キラメイジャー. 東映. 2021年1月11日閲覧。
- ^ “アメザリ平井のギャグマンガ1巻発売、手売り&サイン会”. お笑いナタリー. ナターシャ (2013年12月4日). 2015年11月2日閲覧。
- ^ “アメリカザリガニ平井、Webマンガ「業界出遅れ女」連載スタート”. お笑いナタリー. ナターシャ (2015年9月10日). 2015年11月2日閲覧。
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