小惑星の発見とオルバースの仮説
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「ヴィルヘルム・オルバース」の記事における「小惑星の発見とオルバースの仮説」の解説
1781年にウィリアム・ハーシェルによって新たな惑星である天王星が発見され、地球以外の惑星は古代から知られた5つだけではないことが明らかとなった。特に、19世紀初頭までにはティティウス=ボーデの法則を論拠として、軌道の開いた火星と木星の間には未発見の惑星があるという推測がなされ、フォン・ツァッハ、シュレーターらによって天空の警察 (独語版:de:Himmelspolizey) と呼ばれた組織的な探索も開始されていた。これは黄道帯を24の領域に分割し各地の天文台で分担して捜索するという前例のない国際的プロジェクトだった。オルバースもこの探索プロジェクトにおいて重要な役割を果たした。 はたして、1801年初頭にシチリアのピアッツィが新天体ケレス (小惑星符号: (1) Ceres) を発見した。ただしこれは惑星探索と別に発見されたもので、当初ピアッツィはそれを彗星と考えた。しかし、すぐにその動きが円に近い軌道にふさわしいものだと判明した。短い期間の観測記録からガウスが導いた位置予測を元に、1801年12月になってフォン・ツァッハとオルバースが太陽の反対側を巡ってきたケレスをそれぞれ再発見し、ケレスが4.6年の公転周期で太陽を周回し、予測されていた火星と木星の間の軌道を持つ天体であることが確かめられた。オルバースらがガウスの軌道計算の手法の正しさを証明したことは、ガウスの名声を高めることとなった。 それからわずか数か月後の1802年3月28日にこのケレスを探索していたオルバースは、偶然にも近くに記録にない星を見出だし、時間とともにそれがわずかに移動していることを確認した。驚くべきことにガウスによって求められたこの天体の軌道はケレスとよく似ていた。軌道面の傾きと離心率こそ大きかったが、ほぼ同じ軌道長半径を持ち、よって火星と木星の軌道の間をほぼ同じ4.6年で公転していた。この新たな天体は、パラス ((2) Pallas) と名付けられた。 ケレスとパラスの発見は、単なる新惑星の発見を超えて、太陽系の起源と歴史、そして未来に関する興奮した議論を天文学者たちにもたらした。オルバースは、すぐさまこれらがかつて存在した中規模サイズの単一の惑星が何からの原因で破壊されたものとの説を提唱した。ウィリアム・ハーシェルに宛てた手紙の中で、 ケレスとパラスは、一度は火星と木星の間のそれにふさわしい場所に位置していたより大きな惑星の断片の一対か、その一部に過ぎず、〔その惑星の〕大きさは他の惑星とより近く、おそらくは何百万年も前に、彗星の衝突によってか、内的な爆発によって、粉々になったのではないだろうか? と記している。オルバースが同様の可能性に触れた手紙に返信して、ガウスは1802年5月18日にこの仮説のもつ重要な含意について注意を向けさせている。 もし惑星が粉砕されることがあるのだという可能性が事実だと確認されたなら、そのとき現れることになる衝撃、精神的な葛藤、不信感、神の摂理に対する擁護と反発とを想像してみてください! 惑星系が揺るぎない安定性を持つということにあまりに躊躇なく基づいて知識の枠組みを構築している人々は何を言うでしょうか。もし、自分たちは砂上の楼閣を築いてきたのであり、すべてが自然の力の盲目的な偶然の戯れに委ねられているのだと知ったならば! 仮説が正しければ、さらに類似した軌道の天体が多数発見されるものとオルバースは考え、その軌道を推定した。実際、1804年にはハーディングにより3番目の小惑星ジュノー(ユノー) ((3) Juno) が発見され、オルバース自身も1807年3月29日にベスタ ((4) Vesta) を発見した。ベスタはオルバースがそれまでの3小惑星の軌道が接近すると考えたところから見出だされたものだった。その後、オルバースは1817年頃まで精力的に新天体の探索を続けたが、オルバースによっても他の観測者によっても新たな発見はなかった。19世紀前半のしばらくの間、これら4つの天体が太陽系で新たに発見され加わった惑星とみなされた。 オルバースの死後、1840年代になって5つ目以降の小天体が相次いで発見され、その後、これらの天体を表すのにウィリアム・ハーシェルの提案したアステロイド(asteroid, 小惑星)の名が一般に定着した。オルバースが提唱した仮想惑星には名前が無かったが、後にファエトン (Phaëthon, Phaeton) とも呼ばれ、SFなどを含め人々の多くの想像力を掻き立ててきた。ただし現在、小惑星帯の天体の成因は木星による摂動によってそもそも単一の惑星の形成が妨げられたためであるとの見方が有力である。
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